山下さんのこと(前) [酒]
別に喧嘩をしたわけでもないのに、いつからか音信が途絶え、
それっきりになってしまった友だちがいます。
わたしは今でも「友だち」と思っているけれど、
むこうはどう思っているのだろうか。
学生時代の後半2年を、京都で下宿して過ごしました。下宿先に選んだアパートはそれはそれはすごいところでした。壁の薄い安普請の建物三軒が、ろくに手入れもしない前庭を囲むように向かい合っていて、その中心にピンクの共同電話器が野ざらしに置かれていました。もちろん、「男子学生のみ」のアパートでした。
ここには同学年の学生が何人か住んでいて、お互いが親しくなるのにはそれほど時間がかかりませんでした。みんななぜか酒好きだったのが幸か不幸か。毎晩のようにどこかの部屋に集まってはお酒を飲んで騒いだものです。同じアパートに住む後輩が明日はテストだと聞くと、みんなでその後輩の部屋に押しかけて勉強の邪魔をしました。今思うとずいぶんひどいことをしたものです。
ところで、わたしが住んでいたのは六畳一間の部屋でした。
家賃は15000円。トイレ・台所は共同でした。風呂は近くにある銭湯を利用していましたが、夏になると銭湯代をケチろうと、前庭でパンツ一丁になって水浴びをする者もいるくらい、貧乏な学生が住むアパートでした。今の大学生には到底考えられないことだと思います。でも、当時でもこんなところに住んでいる学生はかなり珍しく、遊びに来た友だちは、みんな相当のカルチャー・ショックを受けて帰っていったものです。
そうやって、一見住人たちは仲良く暮らしていたのですが、実は微妙な違いがありました。それは三軒とも安普請ながらも、そのうちの一軒には水道・ガスが各部屋に付いていたことでした。
先にも触れましたが、わたしの部屋は六畳一間です。当然のこと、水道・ガス付きの部屋に激しく嫉妬しました。いつしか、わたしたちはその部屋の住人を「ブルジョワ」と呼ぶようになりました。嫉妬心はいびつになっていき、“ブルジョワは自分で「ピンクの電話」に出ない”、“「○○さん、電話でーす!」と叫んでも、なかなか降りてこない”などと、憎まれ口を叩くのが普通になっていきました。実にたわいないことですが...
ある日、同学年の友だちから、そのにっくきブルジョワの中に、一人変わった人がいるということを聞きました。その人は「山下さん」といって、同じ大学・学年の心理学専攻で、いつも部屋に閉じこもっては黙々と油絵を描いているということでした。
当時、わたしは学校へはあまり行かずに映画館、美術館に通いつめる生活を送っていたので、そんな山下さんにとても興味をもちました。ブルジョワの住人とはいえ、一度会って話してみたい...その気持ちは日に日に強くなり、ついにある日、わたしは山下さんの部屋のドアをノックしてしまうのです。
(続く)
京都は戦災を受けていないせいか
古い建物が沢山残っています。
そのアパート
今でもあるかも知れませんね。
by (2006-09-18 05:13)
今読んでいる小説のお話と錯覚してしまいそうです^^;
鯉三さんの学生時代の光景が目に浮かぶよう・・・続きが楽しみです♪
by maron02 (2006-09-18 08:19)
私も同じような体験があります。
原因は、何となく分かるのですが、それほど傷つける事でも
ないのだが・・・と自分が思っているだけかもしれません。
ちょっとしたすれ違いなんでしょうか?
by たいへー (2006-09-18 08:40)
鯉三さんの学生時代がセピア色で映像化して頭の中に入ってきました。続きがとても気になります。
by サクラコ (2006-09-18 09:24)
こんにちは。私の大学の近所にもそういうところありました。ただ女の子の寮みたいなところなのでもう少しましでしたが。男子学生は本当に楽しく、愉快で、汚そうですねえ。
by takepii (2006-09-18 09:33)
あぁ、扉を開けた山下さんが気になります。
続編が楽しみ^^
私も結婚前、10年くらい京都に住んでいました。
だんなはんは京都の人なので
我が家の会話は関西弁です。
(たしかラーくんと鯉三さんも関西弁で会話しているのですよね^^)
by きみどり (2006-09-18 10:29)
ラーさん、鯉三さんのお話をちゃんと聞いていてくれてるのですね。
そちらは台風の影響は無かったでしょうか?
(豊真将関、歯がゆい黒星が続いてますが、気持ちを切り替えて中盤、後半と乗り切って欲しいですね。ほんとうに垣添関の取り組みから立ち会いの迷いが出てしまっているのでしょうか…)
by ゴーパ1号 (2006-09-18 10:49)
続く…がきになるぅ~。若いころの嫉妬心は、ホント、たわいない事だが、当時はそれが真剣に悔しかったりするんですよね。若気の至りと一言で言ってしまえば纏まるかも知れないが、ホント、当時の頃は必死だったんですよね。
でも、友達と思っていれば、何処かで偶然に会っても、突然、電話しあっても、関係は続いているもんですよね♪
by (2006-09-18 11:11)
こんにちは。
京大の寮のお話を思い出しました。
微妙な「ブルジョワ」…考えてみるとおかしいですよね=^-^=
山下さんはどんな人か?気になります!
by くみみん (2006-09-18 13:51)
すごくおもしろくて読んでいてぐいぐい引き込まれてしまいました。
続きが気になります。
鯉三さんはすごく充実した大学生活を送っていたようですね~。
お酒に映画に美術。その頃の鯉三さんに会ってみたかったなぁ。
by 鰯母 (2006-09-18 14:25)
すごいですね。
水道・ガスがついている部屋に住んでいる人たちがブルジョワ…
しかし、そういう人たちを妬んでしまう気持ちはわかるような気がします。
お金がなくてもすごく楽しそうな大学生活ですね。
このお話の続きが気になりますね!
by hama (2006-09-18 16:23)
「寂しい」という言葉とは無縁の空間ですね。
個性的な人がたくさんいて、楽しかったんでしょうね。
「山下さん」はどんな人なんでしょう。続きを待ってます!
(続く)をクリックすると、続きが読めるのかと思って
マウスを合わせてみちゃいました(^^;
by banana (2006-09-18 17:46)
なぜか疎遠になってしまう友人たちは確かにいますね。
こちらから連絡しようともせず、友人も同様。お互いの生活に関係ない部分で必要性を認めていないということでしょうか。
by kanyai (2006-09-18 18:43)
もかそらさん、nice!をありがとうございます。後ほどおじゃまします。
琥珀さん:
こんばんは。京都は何百年も前に建てられた町屋が今も残っていますね。住んでいた下宿はそんな古い建物ではなく、いわゆる文化住宅と呼ばれるものでした。ただ、隣に住む大家さんの家は何百年も前のもので、かまどなどが昔のまま残っていましたよ。
まろんさん:
えっ!何を読んでいらっしゃるのでしょうか。
ちょっと気になります。
たいへーさん:
すれちがいがあったり、一方的にどちらかのコンディションが悪かったりして、そのままになってしまうことが結構あるように思います。
ももちさん:
ラー記事じゃないのにコメントいただいて恐縮です。
セピア色だなんて、わたしなんかにはあまり似合わないと思いますが、嬉しいです!
takepiiさん:
いろんな下宿を泊まり歩きましたが、本当に汚いところが多かったです。ちなみに、わたしはかなりの潔癖症なので、自分の部屋だけは汚染されないようにしていました(笑)。
きみどりさん:
京都で学生生活を送られたのですか...そうでしたか。お仕事も京都だったのですね。ご主人が京都人というのもびっくりです。そりゃあ、会話は関西弁になりますよね。もちろん、ラーには関西弁で話しかけています。
ゴーパ1号さん:
ラーは、わたしがブログを書いている時は、かならず近くで寝ています。それはわたしにとっても、とても安心できる時間です。
豊真将、親方から「立ち合いに全てをかけろ」みたいに言われたみたいですね。この力士はいい意味でまじめなので、そこに集中できるんでしょうね。やっと六勝目ですか。これからが大変でしょうね。ちなみに、垣添戦は、相手のフライングだったと思っています。
ビッケママさん:
あまり期待しないでくださいね。なんてことない話なんですよ。
でも、なんてことなかったからこそ、ずっと気になってしまうんですよね。うまく言えませんが、そんな感じです。
「友達と思っていれば...」。ずっしりくる言葉です。わたしは「友達とは?」と自分自身に問いかけたことがなく、そのへんが人と較べてちょっと淡白なのかなと思ったりします。
kumiminさん:
ブルジョワなんて言ってしまうところが、いかにも昔の京都の学生っぽいでしょう?(笑) いくつかある京大の学生寮は怖くて近づけませんでした。西部講堂にはよく足を運んでいましたが。
鰯母さん:
ええっ?面白いですか。いや、なんか薄汚い話で恐縮です。でも、ありがとうございます。続きの話にはそれほど大きい展開はありませんが、近いうちにアップしますので、よろしければまた読んでくださいね。
hamaさん:
hamaさんにまで、そんな期待をされると、続きは本当に大丈夫だろうかとちょっと心配になってきました(笑)。学生時代はわたしにとってかけがえのない時間でした。まだそんな時間が経っていないとも思っているのですが、こういう記事を書いてしまうのは、自分も少し年をとったということだと思います。
bananaさん:
本当のことを言うと、「寂しい」を味わいたいがために下宿を始めたのです。ところが結果的には一人になれない(させてくれない)環境に身をおいてしまったことに時を経ずして気がついたのです。愉快であるも、不思議な1年でした。
(続く)、今度はクリックできるようにしておきます(笑)。
kanyaiさん:
「必要性を認めていない」...そこまでは考えていないのですが、でも結果的にはそうなるのかなあ。何かがきっかけになったり、ならなかったりすることもあるわけで、そういう中で、人は一箇所に立ち止まってはいられないものなんでしょうね。
by 鯉三 (2006-09-19 00:27)