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ミツバチのささやき [映画]

「趣味は映画鑑賞です」

自己紹介の時にそう言う人は多いと思います。

「趣味はテレビ鑑賞です」と言う人はいないはずです。

わざわざ映画館に足を運んで、決して安くないチケットを買って、決められた時間そこにじっと身を置くという行為は、今の時代とても贅沢な時間の使い方ではないでしょうか。読書は時間や場所を自分で選べますが、映画を観るにはそこへ行かなければならないのですから。

何よりも映画は多様でありながら、どんなものでもテレビとは明らかに違って、一つの作品としての性格を持っています。そういうものと向き合うわけですから、趣味だといっても決して恥ずかしくないわけです。

映画は本来、人々の娯楽であったはずです。わたしも幼い頃、家族に連れられて見に行ったことがきっかけで映画の魅力にはまっていきました。次第に一人でも映画を観に行くようになったのですが、高校二年生の時に出合った一つの作品には、とても大きなショックを受けました。

予告編が終わって、その映画が始まった途端に、わたしはだらしなく前に伸ばしていた足を慌てて引っ込めました。その映像と音に釘づけになってしまったのです。うまく言えませんが、何か映画の持つ魔力みたいなものを感じ、その世界に引き込まれていったのです。

 

それが、『ミツバチのささやき』(1973年・スペイン)という映画です。

 

この映画の主人公は小さな女の子です。

まるでこの映画のために生まれてきたのではと思ってしまうほど、この子は作品の中でそのままの姿で生きていました。名前は「アナ」。演じたのはアナ・トレントという当時6歳の女の子です(彼女は現在も映画女優として活躍しているそうです)。

舞台はスペインのとある小さな村。内戦の傷跡が残るこの小さな村で、静かに平和に暮らすアナとその家族。ある日アナが姉と一緒に観に行った映画「フランケンシュタイン」。ここからストーリーは始まるのですが...

この映画について、そのストーリーをおおまかに語るのは非常に野暮なことです。なぜなら、そこには映画を観る人を驚かせるような特別なトリックなど、何一つ用意されていないからです。

『ミツバチのささやき』には、ストーリーを説明するセリフがありません。ただ映像と音だけを全身で感じる映画なのです。しかし、それで十分理解できる映画であり、決して難解でさまざまな解釈を生むような作品ではありません。だからこそ、この映画は衝撃的でした。これを映画の力と言わずして何と言おうか...

この作品を撮ったビクトル・エリセ監督は非常に寡作な映像作家で、これまで一般公開の作品はたったの四本です。つまり「10年に一本」しか撮らない映画監督なのです。 どんな分野でも、いいものを作るのに時間がかかるのは当然のことなのでしょうが、この映像作家の場合は、映画を作るのにどうしても10年かかってしまうようなのです。 思わず、言葉を失ってしまいます。

 

DVD、今のところ再販の予定がないようで、とても残念です。

わたしは昔、NHK・BSやVHSのソフトを録画して持っていたのですが、よくある話で、以前誰かに貸したまま、それが今どこにあるのか分からないのです。


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花火師

こんばんは!
残念ながら私はこの映画を見た事がありません。
DVDも無いのなら・・・難しいかな見るのはでも、ちょっとコネクションを使って探してみます。
by 花火師 (2006-11-17 01:52) 

さなえ

昔見たけど、さっぱりわからなかった
でも物悲しさは身体で吸収した、
そんな記憶があるだけです。。
今見たら、感想はぜんぜん違うだろうな、と思います。
10年にひとつの作品、全身全霊で一つのものを作るのですね。すごいです
by さなえ (2006-11-17 06:44) 

たいへー

宮崎 駿監督も真っ青な製作時間だ・・・
世界には、こんな稀有な人がいるんだなぁ。
TV鑑賞が趣味・・・という認識はないですよね。
もはや習慣化してますから。(笑
by たいへー (2006-11-17 07:32) 

purimaro

変な話ですが、私は“人口密度の高い密室に長時間静かにこもる”
という事が何故か昔から苦手で映画館へはあまり近づきませんでした^^;
なので専ら人より遅れてビデオ鑑賞する事が多かったのですが^^;
でも非現実的な空間と音と映像を全身で体感するには映画館ですね!
「ミツバチのささやき」観て見たいです^^
by purimaro (2006-11-17 09:12) 

okinawa-fan

見てみたいですね・・・この写真と、「ミツバチのささやき」という邦題から
なんだかいろいろ想像しています。
私も体調がいいと「これは見ないと!」という作品は見ています。
最近はすぐDVD化されますが、やはりあの空間でみると素で受け止め
られるような気がするからです。最近気が付いたのですが、
自分の成り立ちを支えている作品というのがいくつかあります。
その一つに「若草物語」(1933、49ともに見ています。)があり、
いずれもジョーの役や、マーチ家のしつけに心打たれた記憶が
あります。小さい頃、TVで放映されたのを母と一緒にみたのですが。
ちょっとそんなことを思い出しました。
by okinawa-fan (2006-11-17 11:05) 

溺愛猫的女人

こんにちは
ぜひ見てみたかった作品です。見逃しました。
鯉三さまのお薦めということも有り、また是が非でも見てみたくなりました。レンタルショップを捜してみます。
by 溺愛猫的女人 (2006-11-17 15:24) 

鰯母

映画でも音楽でも、こういうガツンとくる出会いをした人を
無条件に羨ましく思います。
感受性が豊かじゃないとダメなのかもしれませんが…。
DVDもなく、ビデオもなくしてしまって見られない状況でも、
その印象が鮮明に鯉三さんの中にあるのですね。
いいなぁ!
by 鰯母 (2006-11-17 17:43) 

hama

確かに映画を見に行くという行動は、わざわざ出かけていくところからして家でDVDで見るのとは別物ですよね。
確かに贅沢な時間です。いい映画に出会うと尚更です。
ところで同じ監督の「マルメロの陽光」を若い頃に観たのですが正直言って退屈に感じてしまいました...
今思えばその頃にはまだいろんな“深み”とか感じることができなかったんでしょうね。何せほんのひよっ子でしたから。
by hama (2006-11-17 20:24) 

くみみん

こんばんは。
心に残る映画ってありますよね。見たかったなあ!!
映画館で見てDVDを買ったものも多いですが、やっぱりその場で見たものは違いますね。
それにしても10年に1本とはよほど思い入れのある作品しか撮られない監督なのですね。
by くみみん (2006-11-17 22:47) 

鯉三

花火師さん:
アマゾンでは中古がプレミアム価格で売られています。3万円以上!ひどい話です。再販されることを期待しています。

さなえさん:
そうでしたか...上映されていた当時は朝日新聞の記事でも「眠気に襲われる映画」とか書かれていましたから。わたしは逆に今見たら寝てしまいそうな気がします(笑)。それくらい、最近では映画を観ることがなくなってしまいました。

たいへーさん:
宮崎監督もじっくり構想を練ってから映画を作り始めますね。
芸術を作るのは命がけのことなんですね。
「趣味はテレビ観賞」と言ったら、相手が返事に困ってしまいそうです。

Balloonさん:
わたしも満員の中では窮屈さで息苦しさを感じると思います。でもわたしがこれまで観てきた映画は小さい劇場で上映されることが多く、しかも観客がいつも少ないのでなかなか心地いい空間でした。

okinawa-fanさん:
「自分の成り立ちを支えている映画」があるなんて、素敵ですね。
でも映画ってそういう力を持っていますよね、確かに。
わたしはこの映画を観てから、映画の楽しみ方がすっかり変わってしまって、結果的に娯楽としての映画にあまり関心を持てなくなってしまいました。それはちょっと残念なことだと思います。

溺愛猫的女人さん:
見ていただけたら嬉しいです。
どこかにないものでしょうか。プレミア価格では手が出ないし、そういう形では手にしたくないものです。

鰯母さん:
わたしは自分の好きなものを必要以上に熱く語ってしまう性分なので、どうか話半分で受け止めてくださいね。感受性も個人差があると思います。でも、意味がないものへのこだわりなんかは、男性の方が多いのかなと思うことがあります。

hamaさん:
エリセ監督の作品は、まず「ミツバチのささやき」「エル・スール」を見て、すっかりはまってから「マルメロの陽光」を見るのがお勧めです。わたしもあの映画は少しだけ眠ってしまったんです(笑)。ただ出演者がいつもの生活をしながら普通に画家を取り囲んでいる様子は、いいなあと思いました。

kumiminさん:
こんばんは。10年に1本というのはすごいことですね。もっとも新しい作品は2002年に上映されたのですが、他の監督とのオムニバス映画でなんとたった10分の作品だそうです(他の監督の作品も全部10分ですが)。
by 鯉三 (2006-11-18 01:59) 

iharaja

映画は好きです。エリセ監督は知りませんでした。
鯉三さんのところに来ると、今まで自分にとって未知の分野の音楽や本、そして映画に出会えますね。これも、ブログのいいところなのかもしれません。
私も最近時間が無いを言い訳に映画館に出向いてない一人。
いつだったか、映画を見ていて、その本編より、フィルムでしか味わえない色彩と質感に感動したことがありました。
by iharaja (2006-11-18 06:08) 

Buji

始まった途端に釘づけというのは、なにか波長のようなものでピッタリあうところがあったのかも知れませんね。

学生時代、いつも深夜に放送されていた名画?を延々と観ていたのを思い出しました。もう一度観てみたいものもあるのですが、タイトルも監督も不明・・・。

最近は映画館で見るのはいわゆるブロックバスター作品が主になってしまいました。「映画鑑賞」というよりは、むしろアトラクション体験ですね(^_^。
by Buji (2006-11-18 11:56) 

鯉三

iharajaさん:
学生時代にとりつかれたように映画ばかり観ていました。今はまったくといっていいほど見ていません。DVDを買っても見ないでそのままの場合が多いです。生活のパターンが変わると、こうまでなるかと寂しい気持ちです。

ふじのしんさん:
深夜には結構おもしろい映画をやってましたね。わたしは最近、映画で2時間以上のものを見る忍耐力がなくなってしまいました。集中力がどんどんなくなっているようにも思えます。またいつか、すごい映画を見て弛緩しきった脳をガツンとやってもらいたいです。
by 鯉三 (2006-11-18 15:33) 

溺愛猫的女人

(=゚-゚)ノコンバンニャーン♪ 
相方のバースデープレゼント探しついでにDVDを捜しました。
ビデオテープはありましたので予約を入れました。21日に借りられますので○○○ピーになりますが鯉三さまがご入用であればお送りします。
来週、台湾に行きました時に投函しますにゃ(=^ー^=)
by 溺愛猫的女人 (2006-11-19 00:23) 

サクラコ

始まったとたん釘付けになる映画は、なにか波動のようなものがピッタリとはまったんでしょうね。
そんな映画に出会いたいです。
by サクラコ (2006-11-19 10:24) 

鯉三

溺愛猫的女人さん:
お心遣い、ありがとうございます。
お言葉に甘えたいと思います。
台湾へいらっしゃる前に、またご連絡いただければ幸いです。

サクラコさん:
そうですね、映画は始まった時に「あっ!これはいいかも」と思うものがありますね。わたしの場合、特に映像のインパクトが重要で、音楽は次です。
by 鯉三 (2006-11-19 11:19) 

将軍

なかケンでもある将軍です。
わたくし、学生時代はお金のこともあって、あまり映画は
観なかったのですが、最初の職場が西梅田だったので、
大毎地下にはよく行きました。
鯉三さまも行かれました?
by 将軍 (2006-11-19 20:15) 

きみどり

“ストーリーを説明するセリフがない”ということは
(予備知識は別として)世界中の人がほぼ同じ条件で見ることになるのですね。
ぜひ見てみたいです。
主人公の少女が印象に残った作品といえば
『青いパパイヤのかおり』というベトナムの映画がありました。
青いパパイヤを刻む女の子の瞳がとにかく印象的な映画でした。
by きみどり (2006-11-20 10:17) 

鯉三

将軍さま:
大毎地下劇場とその上にあった毎日文化ホールにはどれだけお世話になったことか。ここで勉強させてもらったようなものです。わたしもお金の問題があって(一般のロードショーは高すぎます)、いわゆる「名画座」と呼ばれる映画館でよく映画を観たものです。

きみどりさん:
京都の壬生寺では、春と秋、そして節分の日に狂言が行われます。ご存知でしょうか?これがいわゆる仮面劇のパントマイムなのです。シンボリックな意味を手先で表現する壬生狂言の芸術性にはとても影響を受けました。この映画にもそういうものを感じます。
『青いパパイアの香り』、静謐でいい映画でしたね。特にラスト・シーンは忘れられません。『ミツバチのささやき』に通じる部分がたくさんあります。

Jelly-Birdさん、nice!をありがとうございます。
by 鯉三 (2006-11-21 00:40) 

takepii

わたしも大好きです。この映画。ある意味ショックを受けた映画の一つです。今日映画館に足を運んできたばかりです。女性が大好きな話題作で祝日ということもあり映画館は満員御礼でした。内容は・・・、でも満員の映画館にいるだけで幸せでありました。
by takepii (2006-11-23 21:28) 

鯉三

takepiiさん:
この映画は誰もが知っているものではないので、ちょっとマニアックすぎたかなと思っているのですが、それでもやっぱり自分の中の映画史を語る上では欠かせない作品なのです。takepiiさんもご覧になっていて、嬉しいです。満員の映画館で果たして何をご覧になったのですか?
by 鯉三 (2006-11-23 23:44) 

acorns8

こんにちは。

素晴らしい映画です。
最初からアナちゃんの魅力とはちみつ色の情景に釘付けになりますが、しだいにお姉さん役の子にも魅かれてゆきました。

お母様も素敵でした。

どこかにあるはずなので久しぶりに引っ張りだしてみたくなりました。
by acorns8 (2007-03-06 12:02) 

鯉三

acorns8さん:
ご訪問ありがとうございます。
この映画では映像や音のマッチングという映画の古典的な手法も多く見受けられますね。舞台となるスペインの風景といい、魅力的な人物の配役といい、まったく素晴らしい映画です。アンニュイな雰囲気のお母様、確かに素敵でした。ぜひまたご覧になってください。
by 鯉三 (2007-03-06 20:34) 

ナツメ

先日、渋谷の映画館で「ミツバチのささやき」を観ました。
27~8年前、つぶらな瞳の少女のポスターに惹かれつつも観そびれていたのです。鯉三さんのこの映画への想いを知り、しかも今映画館でリバイバル上映されている!これも巡り合いかと思って・・
アナが負傷兵に林檎を差し出し、靴紐を結んであげるシーンは、今思い出しても、温かく切ない気持ちになります。
私の後ろの席に90歳くらいかと思われるおじいさんが座っていました。
時々苦しそうにぜいぜいと声を出し、映画が終わると杖をついてよろよろと出口へと向かうその後ろ姿を見ていたら、そこまでしてこの映画を観ようとしたおじいさんの想いとは、とまた切なくなりました。
by ナツメ (2009-01-29 02:13) 

鯉三

ナツメさん:
以前、ストーンズの記事にコメントをいただきましたね。またご訪問いただいて、ありがとうございます。

「ミツバチのささやき」が上映されているのですか!それは驚きました。きっとニュープリントのフィルムでしょうね。
アナが負傷兵にりんごを差し出すシーンは素晴らしいですね。小屋まで一人で荒野を走っていくシーンも忘れられません。他に目に焼きついているシーンがいくつもあります。

DVDが再販されたようです。もう一つの名作『エル・スール』とのカップリングです。値段は安いとはいえませんが、映像の監修をエリセ監督自らが引き受けているので信用できそうです。
by 鯉三 (2009-01-29 13:28) 

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