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宇仁菅書店を訪ねる [本]

神戸の六甲道にある古書店・宇仁菅書店を訪ねました。

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以前、神戸に住んでいた時に大変お世話になったお店です。

店主の宇仁菅民世(うにすが たみよ)さんが先月21日にお亡くなりになったことを、ご息女の綾さんから拙ブログにコメントをいただいて知りました。今から5年前に書き記したブログ記事を、奥様のみどりさんが病床の店主に読んでくださったことを知り、言葉を失ってしまいました。同時に、その後一度もお店を訪ねなかった不義理を恥じる悔恨の思いでいっぱいになりました。


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先客もあるので、まずはじっくり「妥協なき本棚」と向き合いました。


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本棚の間に著名な作家の肖像写真がさりげなく飾られていました。作家への敬意と読者へのシンパシーがここにあります。本を愛する人たちがこの書店に魅せられる理由がよくわかります。

ようやく選んだ本をもって番台へ。あの英字の包み紙で丁寧に包装していただきました。番台には奥様のみどりさんがいらっしゃったのですが、どうやって名乗ればいいのかわからず、番台の上に飾られている額装の写真について尋ねました。


“この写真はいつ頃のものですか”

“そうですねー、震災の後ですから14、5年前になるでしょうか”

“実はわたくし、その頃大変お世話になった者です。5年前に書いたブログ記事を...”

“えっ!...鯉三さん?”


その後、すぐに綾さんを電話で読んでいただき、三人でお話することができました。いいお話ばかりで、他のお客さんもいるのにちょっと長居をしてしまったことを申し訳なく思っています。

今はまだ、この時に宇仁菅書店で交わした会話をまとめることができません。いつか書きたいと思っています。ただ、お二人と話していて感じたのは、店主が亡くなられてから日も浅く、まだご家族の悲しみが癒えていないということです。それは時間をかけなければいけないと思いました。


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宇仁菅書店の店主・宇仁菅民世さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

3月31日(土)まで特別営業
正午~午後6時開店。日曜休み。
宇仁菅書店 0788412018


宇仁菅書店についての新聞記事は、こちらを

古本屋の思い出(下) [本]

古本屋には番頭さんがいた。

本店が商人(あきんど)の町・船場にあるからなのか、店には番頭さんがいて、丁稚(でっち)にあたるバイトもいるのだった。とにかくかっぱ横丁「古書のまち」の中ではなんとなく敷居が高い古本屋であったことは確かだ。

バイトのわたしはこの番頭さんの人柄にひかれた。

旦那にあたる店長はとても気難しい人で、気に入らないことがあるとすぐに声を上げて怒った。店に客がいようといまいと、お構いなしに番頭さんに雷を落とすのだ。バイトのわたしも叱られたことはあるが、しょせん丁稚は丁稚なのでそんなに厳しくはされない。それでもたまに店長に叱られると、反省よりも先に向かっ腹が立つことが多く、“はよ帰ってくれへんかな、このおっさん!”などと心の中で悪態をついたものだ。

番頭さんは古本屋での長い仕事経験から、本について相当の知識をもっているようだったが、決してそれをひけらかすようなことはしなかった。それでもわたしが本のことについて尋ねると何でも丁寧に答えてくれた。普段は訪れる客も限られている古本屋ではひまな時間が多く、店長がいない時に番頭さんと話をするのが楽しかった。

 

鯉三:ひまですねー。

番頭:ひまやなー(笑)。

鯉三:いっつもこんなんですか。

番頭:まあ、大体こんなもんやな。古本屋の仕事はひまとの闘いみたいなもんやで(笑)。

 

と、まあそんなに会話らしい会話はせずに、黙って本棚の本の位置を整えたり、和綴じの本の糸を換えたりしている。番頭さんは時折り通路に面したガラス・ケースの展示を変えることがあったが、その配置がなんともいえず味があっていいなと思ったものだ。一日に何回か、ずっと立ったままのわたしを番台に座らせて本の修理などの作業をさせてくれた。本の包み方なども教えてくれた。適当に客もやってきて、たまに高い本が売れるとちょっと嬉しかったりした。特に印象に残っているのが、春画をまとめて買っていった老人のことだ。

一見してゆうに70歳は超えていそうな老人であったが、その風貌はなんとなく品があって服装もちょっと洒落ていた。その老人がわたしの座る番台に春画の版画を持ってきた。

 

“ああ!これももろとこか”

と、別の小さな春画の綴じ本を持ってきたと思ったら、

“やっぱり、これも包んでんか”

今度は明治初めの頃のかなり「現代的な」春画の綴じ本を手にして番台に戻ってきた。

 

鯉三:あの人、春画を集めてはるんですね。

番頭:(笑)。せやけど、あのじいさんがぽっくりいったらえらいこっちゃで。

鯉三:なんでですか。

番頭:あんなもん、いっぱい残されてみいな。家族のもん、どないしたらええのかわかれへんで。まさか捨てるわけにもいかへんしなあ。

 

古本屋の重要な仕事に古書の買取があるのだが、連絡のあった家まで出向き、故人の残した膨大な書籍を一日がかりで一冊一冊手にすることもあるそうだ。いわゆる鑑定だ。なるほど、確かに春画なんかがどっさり出てきたら、遺族はさぞかし困惑することだろう。

 

 

バイトを始めて半年が過ぎようとしていた。わたしはその春、韓国へ行くことになって古本屋のバイトをやめることを一ヶ月前に番頭さんに告げていた。いつものように閉店30分前に店長が店を出ていった。番頭さんが話しかけてきた。

 

“鯉三くん、店長の言うこと、そない気にしいなや”

 

前の日、和綴じ本の表紙の汚れを取る作業にてこずって店長にこっぴどく叱られた。わたしは黙っていた。もちろん、バイトをやめる理由は店長となんの関係もないのだが、その日一日、昨日の一件を引きずっていたのは確かだったのだ。

 

“前にいたバイトの子も、店長に腹を立ててやめてしもたんやけど、鯉三くんはもったいない。この仕事に向いてると思うてたんやけどなあ”

“店長はああ見えてもそんな悪い人やないねんで。まあ、確かに口は悪いけどな(笑)”

 

ああ、番頭さん。それは僕もわかっているんです。きっと店長はいい人だと。その証拠にこの店のことを番頭さんのあなたに全て任せているではないですか。

 

というようなことはもちろん言わなかったのだけれど、この番頭さんはいい人だなとつくづく思ったものだ。その後、番頭さんとは一二度メールでのやりとりをしたのだが、どちらからともなく音信が途絶えてしまった。今もあの店にいらっしゃるのだろうか...

 

毎年一回は帰国しているのに、なぜか「かっぱ横丁」だけ訪れていない。とても懐かしいのにちょっと恥ずかしい気持ちがまさって、二の足を踏み出せずにいるのだ。

(終)

 

ブンブン堂のグレちゃん―大阪古本屋バイト日記

ブンブン堂のグレちゃん―大阪古本屋バイト日記

  • 作者: グレゴリ青山
  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2007/05/17
  • メディア: 単行本

追記:

学生時代から、ともにたくさんの古本屋を巡り歩いた友人S君にこのコミックを送ってもらいました。読み終えてからいつか古本屋の記事を書きたいと思いながら、思い出すことがあまりにも多く、ずいぶん時間がかかってしまいました。

S君、ありがとう。

近いうちに名古屋か台北?それとも大阪か京都?どこかで一杯やりましょう。

 


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古本屋の思い出(中) [本]

“古本屋のバイトほど楽なものはない”

きっと多くの人がそう思っているように、わたしもそう思っていた。

時折り思いついたように棚に並んだ本にはたきをかけ、銭湯よろしく番台に座って自分の好きな本を読んでいるだけでお金をもらえる。まあそれは極端な例だとしても、遠からず古本屋でのアルバイトとはそんなものだろうと思っていたのだ。

 

ある時期アルバイトを探していたわたしは、大阪梅田のかっぱ横丁というところを歩いていて、とある古本屋のガラス扉にアルバイト募集の張り紙を見つけた。希望していた「週末だけの勤務も可」と書かれていた。これはと思って店の中に入り、バイトのことについて尋ねた。店の人はとてもやさしそうな人で、“明日店長が来るので、その時にもう一度来て下さい”と言われた。

次の日、履歴書を持参して再びその店を訪ねた。店の奥に店長とおぼしき人がいて、その前に座らされた。店長はわたしの差し出した履歴書にはろくに目を通さず、ぶっきらぼうにいつから店に来られるのかと尋ねてきた。どう答えたらよいのかわからず、とにかく週末だけしか入れないと答えた。店長はとても不満そうに、“毎日入ってくれる人がええんやけどなあ”と言った。面接される側が言うことではないが、ずいぶん愛想の悪い人だなと思った。

 

こうして、古本屋で週末だけアルバイトをすることになった。

 

阪急電車梅田駅の高架下にあるかっぱ横丁は、「古書のまち」といわれる古本屋の並ぶ通りと居酒屋などの飲食店が軒を連ねる通りの総称だ。本も酒も好きなわたしには学生時代から馴染みの場所だったが、まさかそこでバイトを始めるなどとは想像だにしていなかった。

わたしが働いたその店は、ちょっと他の古書店とは違っていた。本物の浮世絵の版画や和綴じといわれる古い書物が多く、美術品とまではいかないまでも、骨董品と同じように扱いに注意を要する貴重な物が多かった。もちろん一般の書籍も扱っているのだが、それらも高価なものばかりで、“こんな高い本、誰が買うのだろうか”と思うものが多かった。

そういうわけで、常に本の万引きに目を光らせながら店の角に立つことが求められた。この時点で番台に座ってのんびり本を読むなどという安易な考えはかき消された。

この小さな店には、店長と店員さん(番頭さんと言うのがふさわしい)とアルバイトが一緒にいるのだった。それもなんだか変だなと思ったのだが、仕事を徐々に覚えていくうちに、なるほどなと思うようになった。働いたのはわずか半年で、その後わたしは海外に出ることになるのだが、今でもその時のことを懐かしく思い起こすことが多く、あるエッセイ・コミックを読んでから、どうしても書きとどめておきたいと思うようになった。

 

(下)に続く。

 

ブンブン堂のグレちゃん―大阪古本屋バイト日記

ブンブン堂のグレちゃん―大阪古本屋バイト日記

  • 作者: グレゴリ青山
  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2007/05/17
  • メディア: 単行本

 


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古本屋の思い出(上) [本]

一つの夢想を描き続けている。

人は誰でも死を迎える。だから最後の場所はやはり畳の上で。そしてそこに今まで読んできた本が自分の体を包み込むように崩れ落ち、その中に埋もれながら静かに息を引き取りたい。その夢想を実現するために、いつか自分は古本屋を始めなければいけないのだと。

 

古本屋はわたしにとって青春そのものだった。

 

京都で過ごした学生時代。どれだけの古本屋をまわったことだろう。学生の街・京都には古本屋が多い。繁華街はもちろん、学生街に一歩足を踏み入れるとすぐに古本屋と出くわしたものだ。それらをくまなく訪ね歩き、何時間も過ごした日々。人から見れば意味もない無駄な時間なのだろうが、今思い出してもとても懐かしく、わたしにとっては尊い時間であった。

 

そうして、いつしかわたしは古本屋に憧れを抱くようになった。

しかし、実際に古本屋と関わるようになったのはずっと後のことだ。

 

今の仕事を始める前に神戸で二年過ごした。神戸にも古本屋がたくさんあり、いろいろまわったものだ。しかしそれは本を探し求めるためではなく、本を売ってお金にするためだった。大切な本を手放すことはとてもつらく、身を切るような思いだった。人生の計画の中でここまで予定通り本に囲まれながら暮らしてきたのに、それらを手放すことになるなんて...

ある古本屋に出会った。六甲道にある宇仁菅書店というその古本屋は当時住んでいた所からも近く、仕事や勉強の帰りによく立ち寄ったものだ。狭い店ながらも店主の趣味のよさがうかがえる店内は居心地よく、静かに流れるクラシック音楽が心をほぐしてくれた。

それまで本を売ったことなど一度もなく、いわゆる古書の相場などは知らなかった。でもこの店ならきっと自分の本を大切に扱ってくれると思った。決心して家に帰り、手放す本を慎重に選び出し、それらを梱包した。

そうやって何度も本を持ち込んだのだが、いつも自分が思っているよりもいい値段をつけてくれた。店主は本の値段について丁寧に説明してくれた。引き取る本すべての面倒をみることはできないのだということも教えてくれた。通りすがり、店頭に自分の本が並んでいるのを見るのが楽しみになった。それらがある日突然なくなることもあり、ちょっと寂しくちょっと嬉しかったりもしたものだ。

それでもやはり本を手放すことは寂しいことだった。よっぽど悲しい顔をしていたのだろう。ある日店主は黙って運びこんだ本をうず高く積んでいくわたしに向かって、こんなことを言った。

 

“鯉三くん、今確かにあなたは大事な本を手放しているけど、本との長い付き合いからいえば、今はたまたまそういう時期なんだと思うよ。そのうちのいくつかがまた手元に戻ってくることもあるかもしれない。それが本当にあなたの探している本なのかもしれないよ”

 

そんな優しいことを言ってくれる店主は舌鋒も鋭かった。例えば、時事問題を扱った本などは全く顧みなかった。読む側としては勉強したい一心で読んだはずなのだが、店主に言わせるとそんな本は新聞や雑誌の記事の延長でしかなく、一冊の本としては何も完結していないとのことだった。わたしの紹介でこの書店に本をたくさん持ち込んだ知人は、言われなき説教を受けた形で大層気を悪くしたに違いない。しかし、きっと店主は言いたかったのだ。“本の面倒をみるのには覚悟がいるのだ”と。

 

 

あれからもうすぐ10年。

ようやく今は、あの時の店主の気概がわかるようになった。

 

(中)に続く。

 


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雨にもの思う [本]

台北は毎日雨が降り続けています。

「今年は、ひょっとしてカラ梅雨かな」と思い始めていただけに、ここ一週間ほどずっと降り続ける長雨には驚かされ、半ば呆れています。天気に腹を立ててもしようがないのですが、出かける時は足元が悪いし、家へ帰ったら洗濯物がたまっているしで気分が滅入ります。

 

  テンション低いです

 

雨といえば読書。先日一冊の本を読みました。

重松清さんの『卒業』(新潮文庫)という作品集です。この中の「まゆみのマーチ」と「追伸」という、母について書かれた作品には深く心を打たれました。

わたしにとって亡き父の記憶は、よき思い出であり、今ではいろいろな回想が可能なのですが、母についてはそういうわけにいきません。遠く離れて暮らしているため、折につけ母のことが気になるものですが、母は共に生きる家族であり、思い出ではありません。ですから、今あることに関心がいくのは当然で、これまで母と過ごしてきた時間を振り返ることはあまりなかったような気がします。

「まゆみのマーチ」と「追伸」には二人の母が描かれています。

一人は実の母、もう一人は継母。

語り手である「僕(息子)」から見た母とは、「ぐずぐずと弱音を吐く」母だったり、「がさつで細やかな気配りに欠ける不器用な」母だったりします。

母を描いた小説には「苦労に耐えて家族のために尽くす」というイメージが先行するものがあります。そういうイメージにのっかかって「母は強し」と語られるものも多いような気がします。でも、この二つの小説に登場する母は、実母も継母も、決してステレオタイプに美化されて描かれることなどありません。だからこそ、二人の異なる母は、リアルに生き生きと読者の前に現われてくるのだと思います。作者にとって、母は単なる思い出ではないのです。大人になって家庭をもち、日々葛藤を繰り返す「僕(息子)」を、母は黙って見つめているのです。

 

この二つの作品を読んだ後は、しばらく何もできずに放心してしまいました。大きくため息をつくのがやっとでした。そして、思い出したように涙を流しました。

重松さんの小説はどれもハッピーエンドでは終わらないのですが、終わったストーリーの先にかすかな希望のようなものが見えてくるものが多いです。今回読んだ作品集もそうでした。この先も困難が待ち受けていることは何も変わらないのだけど、目に見えない不安に立ち向かって行く上で、なにか拠り所となるようなものがぼんやりと見えてくるのです。

でもそれがなんなのか、まだわからないでいるのですが。

 

卒業

卒業

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/11
  • メディア: 文庫

 


 

サクラコさん、こむぎちゃんへ

素敵な作品、ありがとうございました。ラーも大喜び(のよう)です。

 


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長い長いさんぽ [本]

 

So-netブログをご利用の皆さま、毎日お疲れさまです。

こんな画像で和んでいただければ幸いです。

 

台北も12月に入ってから気温が下がってきたのでメダカたちを屋内に移しました。始めの頃はこうやってラーが興味津々で眺めにやってきて、「大丈夫かな..」とちょっと心配したのですが、今はそれぞれ何もなく過ごしています。

 

Kanyaiさんぴー太郎さんらが取り上げていた漫画『長い長いさんぽ』が日本から届きました。

長い長いさんぽ  ビームコミックス

長い長いさんぽ ビームコミックス

  • 作者: 須藤 真澄
  • 出版社/メーカー: エンターブレイン
  • 発売日: 2006/01/16
  • メディア: コミック

猫たちとの生活はもう30年以上にもなるのですが、彼らの最期を看取ったことは一度もありません。いつのまにかいなくなって帰らなくなったり、家に帰ったら看取った後の母や妹が泣いていたり、通り過ぎた道路の真ん中に横たわっていた猫がうちの猫だったりと、つらい思い出が多いです。

この漫画の作者が、少し遅れて愛猫の死に直面し、涙を流し続けながらどこかでそれを恥ずかしいと感じつつも、込み上げる感情をどうすることもできないでいる様子が痛いほど伝わり、泣かされました。

とても面白い漫画なのです。個人的な趣味も似ているなあと思うところがいくつかありました。だからなのかどうなのか、なぜか発作的に局地的に涙を流してしまいました。ずっと泣きながら読んだのではなく、ピン・ポイントで涙腺を襲われたような感じです。

こういうのが、一番こたえます。

 

そして、この漫画のタイトル「長い長いさんぽ」。 

そうなのだなあと、しみじみ思いました。

散歩とは、過去のことを振り返ったり自省したりしながら、ゆっくりゆっくり歩いてゆくことなのかもしれません。それは、短い一生を全力で終えるペットと運命的に出会ってしまった人々が、宿命的に背負っていくものなのだと思います。

ちょっと暗い記事になりました。

So-netの調子があまりよくないので、年内最後の記事になるかもしれませんが、いずれにしても、すぐに新しい年がやってきます。

皆さまにとって、どうか新しい年が実り多い一年でありますように。

 

新年快樂!


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猫は小説よりもブログなり [本]

保坂和志さんの小説に、一時はまりました。

保坂さんは芥川賞も受賞している著名な作家ですが、どうもうるさい小説ファンの間では評判がよくありません。「これのどこが小説なのか?」「結論はなんなの?」という感想をよく聞きます。同業の作家からも厳しい批評があるようです。わたしの好きな作家・車谷長吉さんなどは、当時ご自身の作品が有力な芥川賞候補になりながら、結局保坂さんに賞がわたったことを今も恨んでいると作品の中で書かれているくらいです。実際、車谷さんと保坂さんの小説世界はある意味対極にあります。ですから、車谷さんのこのやっかみは結構ユニークで、多分に芝居がかっているところもあるのですが。

保坂さんの小説で特に好きな作品は、芥川賞を受賞した「この人の閾(いき)」と、「プレーンソング」「草の上の朝食」です。この三作は、自分が20代だった頃の平凡な日々の生活に通じるものがあります。

 

ところで、保坂さんは大の猫好きであり、猫との生活を扱った作品も数多くあります。猫好きのわたしは、もちろんそれらを読んでみましたが、なぜかあまり心に引っかかりませんでした。

それよりもブログを通して、うちの愛猫・ラーだけでなく、よそ様の猫ちゃんの一挙手一投足を眺める方が楽しく思えます。やはり、愛する猫とはリアル・タイムで共に過ごしたいという飼い主の願いがそこにあるからでしょうか。

 

「あまり心に引っかからない」などと言ったものの、やはり保坂さんの“猫もの”は同じ猫好きの方にお勧めしたいと思います。特に『生きる歓び』は、我がラーとも重なるところがあって感情移入してしまいました。猫を愛する作家の熱い思いが伝わる作品です。

ところで、ブログを休んだ間に読んだ本は、故・田中小実昌氏の『上陸』でした。保坂さんが、コミさん(田中小実昌氏の愛称)のことを慕っていたと作品の中で語っていらっしゃったので読んでみました。混乱した時代の空気と少し才気ばしった作家の感性が縦横に絡み合った小説群でした。

コミさんの風貌は今でも鮮烈に覚えています。最近、臓器移植問題でニュースによく登場する万波医師によく似ているなあと思うのはわたしだけでしょうか。


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絵本二冊 [本]

台北はまだ厳しい残暑が続いています。

それでも朝晩はクーラーを消して扇風機だけで過ごせる日が増えてきました。涼しくなれば外へ出かけるのも楽しみですが、家でゆっくり本を読むのもいいかもしれません。

そういうわけで、本を二冊買いました。今回は絵本です。

一冊は、あんずさんも紹介している『しばわんこの和のこころ』です。わたしが買ったのは最近台湾で翻訳出版された中国語版です。タイトルは『小柴犬和風心』で、そのままの直訳です。この本は台湾の人に日本の伝統文化や習慣を伝えるのには格好のものです。イラストもかわいくて親しみやすいし、中国語の翻訳もとても興味深いところです。

 

もう一冊は、台湾のイラスト作家・幾米(Jimmy)の『藍石頭』(The Blue Stone)です。ここ数年、台湾の書店の店頭には必ず彼の絵本が並べられ、人気のほどがうかがえます。絵本がアニメ映画化されることも増えているようで、最近では日本で開かれたキンダー・フィルム・フェスティバルに彼の作品が出品されたようです。

幾米の絵を初めて見た時は、その線の細かさに驚かされ、暗い色調が印象に残りました。本文の中国語をたどたどしくたどってみると、詩的でありながら、とても率直な文章でした。時折り見える暗い世界観は、彼が白血病を患っていたことと無関係ではなさそうです。

今は病気を克服して、新たな作品をどんどん生み出している幾米。『藍石頭』は日本でも同時発売されたようです。もし、書店でお見かけになったら、ぜひページを繰ってみてください。

ブルー・ストーン

ブルー・ストーン

  • 作者: ジミー<幾米>
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2006/03/29
  • メディア: 単行本

 


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追悼 吉村昭氏 [本]

作家の吉村昭氏が亡くなられました。

吉村氏の小説を初めて読んだのは学生時代で、それは「戦艦武蔵」でした。膨大な資料の収集と綿密な取材を重ねて書かれたこの作品は、いわゆる記録文学という小説の分野を開拓した、記念碑的な作品として高く評価されています。

しかし、氏の小説世界は多岐にわたり、歴史に材をとったもの、戦中から戦後の時代を描いた自伝的なもの、記憶に残った事件の人物を追いかけたものなど、どの小説も実に読み応えがあり、一度読むと忘れられないものばかりです。

素人が吉村氏の作品世界について語るのは眉唾物なので、氏の作品の中で最も気に入っている一つを紹介させてください。

吉村氏の短編は、先にあげた自伝的なものや、私小説的な内容を含んだ作品が多いのですが、そこに注がれる氏の視線はいつも怜悧で、どこか覚めたようなところがあります。客観的に事実だけを見つめ、自分を取り囲む身内の人々を、まるで他人のような立場から傍観しているようなふしがあります。当然と言えば当然なのですが、日常生活やそれを取り囲む身内を描くということは、当人にとってはぎこちないものなのでしょう。

そのような、ある意味抜き差しならない、そして本来は描きにくいと思われる日常のエピソードから生まれ落ちた、珠玉のような作品があります。それが「行列」という短編です。

この小説は、吉村氏が実際に体験した肋膜炎の手術の回想から始まるのですが、小学二年生の甥っ子がある日、祖母の死をきっかけに“死ぬということ”について考えはじめ、その恐怖から抜け出せなくなってしまいます。それを見守っていた家族はこの子をどう扱えばいいのか、頭を痛めます。叔父である「私」は彼の元を訪れ、“死”について、甥っ子とテンポよく会話を始めるのです。

叔父の「私」は、甥っ子を諭したり、なだめたりなどしません。人生の先輩である「私」は、かつて若い頃、自分自身が死と隣り合わせになった時の恐怖をしっかり覚えています。心の中でその経験と甥っ子が抱いている恐怖を静かに重ね、現在、自分自身が感じている「死」への恐怖を率直に話すのです。

言葉はとても少なく、特に説明らしい説明もない会話。印象的な「行列」という言葉。

ほどなくして、恐怖からあっさり解放された甥っ子は、いつしかテレビの画面に釘付けとなり、「私」が話しかけるのにも答えない。

一見ありふれた日常の一コマ、どこにでもある微笑ましい光景。しかし、そこにこそ潜む“死”の恐怖。見事なコントラストを残して、短い作品はあっという間に終わるのですが、読後の深い余韻は、その後も長くわたしの中に残っています。

晩年の吉村氏の短編作品は、言葉が更に研ぎ澄まされ、贅肉をそぎ落としたような文章は、ますます深みと凄みを増していました。

 

吉村昭氏のご逝去を悼むとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

戦艦武蔵

戦艦武蔵

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000
  • メディア: 文庫

 
月夜の魚

月夜の魚

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1990/09
  • メディア: 文庫
 

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猫の本だけ買ってきました [本]

帰国した時は、いつも大型書店と古本屋をまわり、たくさん本を買って台湾に戻るのですが、今回は猫の本だけにしました。夏は仕事が忙しいし、とにかくものすごく暑いので、まとまった時間本を読むことができません。

ということで今回買ったのは、naoさんをはじめ多くの人が愛読している『きょうの猫村さん』1、2と、吉田稔美さんの『つづきのねこ』です。

 

『きょうの猫村さん』については今更何も言うことなどありませんが、正直言って、こんなにはまってしまうとは思いませんでした。すぐ眠くなったり、興奮すると爪をガリガリしたり、猫村さんが猫としての本性を失っていないところがいいですね。ひもやリボンの縦結びも面白い!こういうのは自分にとって笑いのツボなのかもしれない。

『つづきのねこ』は、以前このブログのコメントで東京のウスさんが教えてくれた絵本です。とても小さい本なので見つけるのが大変でしたが、それでもようやく本に出会った時の喜びはとても大きかったです。感情を抑えた言葉と印象的な猫のシルエット(イラスト)が深く心に響いてきます。一度でも猫の死に立ち会ったことがある人なら、きっと感じるところが多いのでは。わたしは、「ああ、だから自分は猫を飼い続けるのかもしれない...」と思ってしまいました。

きょうの猫村さん 2

きょうの猫村さん 2

  • 作者: ほし よりこ
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2006/05/31
  • メディア: コミック
つづきのねこ

つづきのねこ

  • 作者: 吉田 稔美
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/05
  • メディア: 単行本

 


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