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古本屋の思い出(上) [本]

一つの夢想を描き続けている。

人は誰でも死を迎える。だから最後の場所はやはり畳の上で。そしてそこに今まで読んできた本が自分の体を包み込むように崩れ落ち、その中に埋もれながら静かに息を引き取りたい。その夢想を実現するために、いつか自分は古本屋を始めなければいけないのだと。

 

古本屋はわたしにとって青春そのものだった。

 

京都で過ごした学生時代。どれだけの古本屋をまわったことだろう。学生の街・京都には古本屋が多い。繁華街はもちろん、学生街に一歩足を踏み入れるとすぐに古本屋と出くわしたものだ。それらをくまなく訪ね歩き、何時間も過ごした日々。人から見れば意味もない無駄な時間なのだろうが、今思い出してもとても懐かしく、わたしにとっては尊い時間であった。

 

そうして、いつしかわたしは古本屋に憧れを抱くようになった。

しかし、実際に古本屋と関わるようになったのはずっと後のことだ。

 

今の仕事を始める前に神戸で二年過ごした。神戸にも古本屋がたくさんあり、いろいろまわったものだ。しかしそれは本を探し求めるためではなく、本を売ってお金にするためだった。大切な本を手放すことはとてもつらく、身を切るような思いだった。人生の計画の中でここまで予定通り本に囲まれながら暮らしてきたのに、それらを手放すことになるなんて...

ある古本屋に出会った。六甲道にある宇仁菅書店というその古本屋は当時住んでいた所からも近く、仕事や勉強の帰りによく立ち寄ったものだ。狭い店ながらも店主の趣味のよさがうかがえる店内は居心地よく、静かに流れるクラシック音楽が心をほぐしてくれた。

それまで本を売ったことなど一度もなく、いわゆる古書の相場などは知らなかった。でもこの店ならきっと自分の本を大切に扱ってくれると思った。決心して家に帰り、手放す本を慎重に選び出し、それらを梱包した。

そうやって何度も本を持ち込んだのだが、いつも自分が思っているよりもいい値段をつけてくれた。店主は本の値段について丁寧に説明してくれた。引き取る本すべての面倒をみることはできないのだということも教えてくれた。通りすがり、店頭に自分の本が並んでいるのを見るのが楽しみになった。それらがある日突然なくなることもあり、ちょっと寂しくちょっと嬉しかったりもしたものだ。

それでもやはり本を手放すことは寂しいことだった。よっぽど悲しい顔をしていたのだろう。ある日店主は黙って運びこんだ本をうず高く積んでいくわたしに向かって、こんなことを言った。

 

“鯉三くん、今確かにあなたは大事な本を手放しているけど、本との長い付き合いからいえば、今はたまたまそういう時期なんだと思うよ。そのうちのいくつかがまた手元に戻ってくることもあるかもしれない。それが本当にあなたの探している本なのかもしれないよ”

 

そんな優しいことを言ってくれる店主は舌鋒も鋭かった。例えば、時事問題を扱った本などは全く顧みなかった。読む側としては勉強したい一心で読んだはずなのだが、店主に言わせるとそんな本は新聞や雑誌の記事の延長でしかなく、一冊の本としては何も完結していないとのことだった。わたしの紹介でこの書店に本をたくさん持ち込んだ知人は、言われなき説教を受けた形で大層気を悪くしたに違いない。しかし、きっと店主は言いたかったのだ。“本の面倒をみるのには覚悟がいるのだ”と。

 

 

あれからもうすぐ10年。

ようやく今は、あの時の店主の気概がわかるようになった。

 

(中)に続く。

 


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コメント 24

たいへー

中古レコードを買い求めるのと似ていますね。
誰が買ったか分からない。 
どんな理由で手放したかも分からない。
でもレコード盤を見れば、
大切にされていたか、そうでないかはすぐ分かる。
そして、若かった時には手に入らなかったレコードも、
ひょんなきっかけで出会うこともある・・・
続きが楽しみです。
by たいへー (2007-12-18 07:26) 

purimaro

すごい、夜更かしさんだ^^
古本屋さんのお話、良いですね!鯉三さんらしい素敵な夢だなぁと思いました!
そんな店主さんとの出会いも何か意味があるような気がします、
探している本に再び出会うことができたのでしょうか^^続きが楽しみ♪
by purimaro (2007-12-18 08:14) 

maguro-wasabi

本を手放すのは寂しいですよね。よく古本屋さんで本を買いますが、そういう本でも手放せないので書棚が溢れています。
ワタシの夢はいつか本とCDだけ収納する部屋を作ることです。床から天井まで全部、本とCD・・・♪
by maguro-wasabi (2007-12-18 08:28) 

りみこ

私も本に関わる仕事をしているので本に対する思い入れはありますね。
お気持ち分かるような気がします。
重量が凄い事になっても、手放す際は、寂しいです。
本も人も巡りあいな部分が大きく、一期一会を感じますねw
by りみこ (2007-12-18 08:57) 

鰯母

鯉三さんの本に対する想いが伝わってきました。
その古本屋の店主さんの言うとおり、縁がある本は、
一度手放してしまったものでも、時を経てまた何かのきっかけで
自分のところに戻ってくるものだと思います。
他人には分からないその本の重みというのがあるんですよね。
思い出や思い入れや色々なことがぎっしり詰まった・・・。
鯉三さんならきっと素敵な古本屋さんになれますよ!
by 鰯母 (2007-12-18 09:29) 

Buji

続きを楽しみにしています。
by Buji (2007-12-18 12:49) 

くみみん

こんにちは。
学生時代、私も丸太町界隈の古書店に専門書を探しに歩きました。アルバイトは普通の本屋さんで大抵の本は手に入るんですが研究所は絶版が多いので古書店巡りになりますよね。
大事に読んでいた本を手放すのは寂しいですよね(-_-)
そんな鯉三さんの本に対する愛情をわかってくれる本屋さんだったんですね=^-^=
おかげさまでみいは元気になってます。25日に通院する予定ですが、結果が良ければ終わりになります。
by くみみん (2007-12-18 14:44) 

麻油

中津にこじんまりとした、結構新しいんだけど、『古本屋さん』を意識したようなとってもいい感じの古本屋さんがあるんです。

ちょっとのぞいてみてください、旧正月にでも。

中津はちょっとディープゾーンでまた楽しいです。
by 麻油 (2007-12-18 15:56) 

tano

鯉三さんの文章がいつも心に響くのは
やはりたくさんの本を読まれ、愛情をかけていらっしゃるからなんですね。
私ももっと本を読まなくては・・
それにしても冒頭の「夢想」に、どきりとしてしまいました。
by tano (2007-12-18 16:10) 

べっこら

最近は古書を扱うお店が少なくなっています。
私の地域だけでしょうか?
あっても漫画ばかりとか・・・・やはり売れる物だけが置いてある
そんな感じです。
息子には本が大好きになってほしいなと思っています。
思い入れのある本に出会ってほしいです。
by べっこら (2007-12-18 22:37) 

鯉三

たいへーさん:
学生時代、京都にはたくさん中古レコード屋があって、ジャンルや趣味もはっきり分かれていたので、いろいろ訪ね歩くのが楽しかったです。
レコードへの思い入れというのも、本に負けないものがありますよね。とてもよく似ていると思います。どちらも少なくなってきたのが残念でなりません。

Balloonさん:
夜更かし、ばれましたね。お恥ずかしいです。おかげで最悪のコンディションで朝を迎えて出かけました。年を考えなければいけなくなりました。
古本屋のおやじは頑固者というイメージがありますが、そうでなければやっていけない仕事だと思います。

まぐわささん:
わたしも同じです。本とCDで部屋を埋め尽くしたいです。そういうのって、自分だけの密かな楽しみですよね。

りみこさん:
そうですか、本に関わるお仕事をなさっているのですね。わたしは大学卒業後ずっと本と関わってきたのですが、今は少し疎遠になってしまいました。本との出会い、これからも大切にしていきたいと思っています。

鰯母さん:
ちょっと思い入れの強い文章で、読み返して恥ずかしくなってしまいました。続きはもっとおもしろく書きたいと思っています。
京都の思い出は語りつくせません。少しづつ引き出していきたいと思っています。でも、古本屋になるための修行を積んでいないので夢のままにしておきます(笑)。

ふじのしんさん:
続きはもう少し楽しいものにしたいと思っています。

kumiminさん:
丸太町界隈という言葉を目にして、とても胸が熱くなりました。鮮やかにあの辺りの景色が目に浮かんできて、「ああ、久しぶりに歩いてみたいなー」と思いました。
みいちゃん、本当によかったですね。小さい体でよく頑張ったと思います。

麻油さん:
お久しぶりです。今は香港にいらっしゃるそうですね。ご活躍のようで、なによりです。
中津ですか!これまたディープなところで本屋を見つけられましたね。機会があったら訪れてみたいです。

tanoさん:
そんな、わたしの文章なんかまだまだです。お恥ずかしいかぎりです。
最近は本に向かう時間がめっきり減ってしまって、ちょっと自分でも情けないなと思っています。
夢想の話、ちょっと重かったですね。どうもすみません。

べっこらさん:
わたしもそう思います。実際古書店はどんどん姿を消しているようです。
大手のbook offなんかが郊外にも増えてきているようですね。それはそれで需要もあるのでしょうが、こういう職人気質のお店が残ってほしいものです。何よりも本のことをよく知っている古本屋には残ってほしいなと思います。

COCOさん、mitukiさん、いつもnice!をありがとうございます。
by 鯉三 (2007-12-18 23:55) 

たくさん、ほんを読んでらっしゃるから、文章もお上手なんですね。
今では、本が部屋に並んでいると落ち着きますが、「本」にはちょっと苦い思い出もあります^^;
京都・神戸・六甲道・・・どこもわたしにとっても思い出いっぱいの街です。
by (2007-12-19 19:27) 

ayou

最近はあまり本を読んでいないのですが、「これだけはどうしても」と、台湾に移り住むときに一緒に連れてきた本が何冊か(本当に数冊だけですが)あります。
学生時代から何度も読み返してきた文庫本で、開くと古い紙の匂いがして、ページのはしっこのほうは茶色く色が変わっています。
そのうちまた手元に戻ってくる…
本当にそうなのかもしれませんね。
それと、ずいぶん前に俳優の仲代達矢さんが「自分は古本屋のオヤジになりたいとおもっている」とテレビで言っていたのを思い出しました…
by ayou (2007-12-19 22:00) 

coco030705

こんばんは。
大阪阪急梅田にカッパ横丁というところがあって、そこは
古本屋街です。そこを歩いていると、なぜだか落着いたいい気持になります。何時間でも1つのお店に居たいような気分。
鯉三さんはいい夢をお持ちですね。実現することを祈っています。
by coco030705 (2007-12-19 23:02) 

鯉三

たま母さん:
本の苦い思い出...ちょっと気になりました。
わたしは大阪出身なのですが、京都や神戸の方が相性がいいのです。

ayouさん:
わたしも日本から数冊持ってきた本はとても古い文庫本で、こっちへ来てから特に読み返しているわけではないのですが、そこにないと不安になるので持ってきました。
古本屋のおやじって、結構憧れている人が多いのだと思います。わたしのは憧れどまりで、それを実現するための努力は何もしていません。

ココさん:
次の記事ではそのかっぱ横丁について書くつもりです。よろしければまた読んでくださいね。
古本屋になる夢は、ただの夢想であってそのための努力は何もしていないのです。ですから、憧れといった方が適当なのかもしれませんね。
by 鯉三 (2007-12-20 00:45) 

花火師

古本屋さん、大学時代入り浸ってましたよ(笑)
by 花火師 (2007-12-22 04:08) 

ダウン

本がお好きなんですね!
本を大事にされる気持ちがうちの夫と似ていらっしゃいます。
恥ずかしながら、私は「積読(つんどく)」専門で、
私の場合は死を迎える際、読んでいない本に包み込まれて死にそうです。^^;
鯉三さんの文章は整っていて外国人の私にとって読みやすいです。
知らない語彙が多くて辞書をひいて読んでいます。
鯉三さんの文章を読んで良い語彙や表現をとても勉強になります。^^
by ダウン (2007-12-22 18:31) 

ミタタロウ

カッパ横丁に六甲道。懐かしい響きです。
私も大阪生まれですが、
神戸や京都とのつながりが多いような気がします。
本は好きですが、最近はあまり読む時間がなくて困っています。
みなさん同じですね。
by ミタタロウ (2007-12-22 20:42) 

鯉三

花火師さん:
大学生はやはり古本屋に通うものですよね!

ダウンさん:
本は読むだけでなく、衝動買いを含めた買う(手に入れる)という喜び、楽しみがあります。たとえ積読であったとしても、大切な本であることには変わりありません。わたしの場合は読まなかった本はいつのまにかどこかへ行ってしまうことが多いです。
過去に仕事を通して多少書き方を覚えましたが、ここではお酒を飲みながら気ままに書いていますので、乱文になることが多くてお恥ずかしいかぎりです。

ミタタロウさん:
自分の生まれた大阪はおそらくミタタロウさんと同じく、いわゆるコテコテの大阪ではありませんでした。これまでいい意味でも悪い意味でもコテコテの大阪を、どこか客観的に眺めてきた感じがします。京都や大阪には今でも何かしら憧れめいた感情をもっています。
読書...わたしもすっかり遠のいてしまいました。この記事もまるで「本は懐かしかった」的なものになっていて、情けないです。

symphonyさん、nice!をありがとうございます。
by 鯉三 (2007-12-23 00:00) 

鯉三

ゴーパ1号さん、nice!をありがとうございます。
by 鯉三 (2007-12-25 00:48) 

lawn

宇仁菅書店について検索していてこちらに参りました。
と申しますのも、店主の方が亡くなられて閉店するという張り紙がしてあるのを見たからです。

私は古本にはあまり詳しくないのですが、たまに立ち寄って、この人はかなり目が利くんじゃないかなーと思わせるお店でした。
上手く言葉にできませんが、ラインナップが他の店とは少し違った気がします。
何気なく手にとった本が存外面白く、思わず買ってしまったということも何度かあります。

今月の5日から31日まで、正午から午後6時までの間、おそらく身内の方だと思いますが、店を開けられるそうです。

ブログを拝見する限りかなり思い入れのあるお店のようですので、大変悲しいことですがお知らせしておこうと思いメッセージいたしました。
by lawn (2012-03-01 12:07) 

lawn

追記:日曜日は店を開けられないそうです。
by lawn (2012-03-01 12:11) 

鯉三

lawnさん:
わざわざ教えていただき、ありがとうございます。実は宇仁菅様のご家族の方からもう一つのブログへご連絡をいただきました。大変驚いております。本当にとても素晴らしい書店です。 お店へは必ず足を運びたいと思っております。ありがとうございます。
by 鯉三 (2012-03-03 14:27) 

鯉三

lawnさん:
3月10日に宇仁菅書店を訪ねる予定です。お会いできればとても嬉しいです。
by 鯉三 (2012-03-04 19:52) 

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