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伝説はいらない [音楽]

ジャズ・ミュージシャンには短命なアーティストが多い。
ビリー・ホリデー、バド・パウエル、チェット・ベイカー、クリフォード・ブラウン...


名前を挙げ出すときりがないくらいだ。


ジャズは昔から歌唱力や演奏能力の高さはもちろんのこと、破天荒なアーティストの人生そのものが伝説となる場合もあり、そこから生まれてくるアーティストの孤独をとことん掘り下げた作品こそ素晴らしいとされることが多い。まったくその通りだと思う。わたしもそんなジャズに心を奪われてきた。でもそれにあてはまらないアーティストもいるのだ。


1999年、ジャズ・ピアニストのミシェル・ペトルチアーニは36歳の若さでこの世を去った。生まれてからずっと重い障害を背負っていたとはいえ、そのあまりにも早い死はショックだった。前年にBlue Note大阪でライブを観ていて、次のステージを心待ちにしていたのに...その年の年末に予約を入れていた翌年開かれる予定のライブは自然消滅してしまった。



記録映画「ノン・ストップ - ミシェル・ペトルチアーニの旅」 (1996年) というものがあることを知ったのは最近で、偶然にも職場の近くにあるCD屋でDVDを見つけた。昔VHSで買った「Trio Live In Stuttgart 」(1998年)もカップリングされていたので迷わず購入した。

久しぶりに観たトリオのライブは素晴らしかった。
しかし、それ以上によかったのが記録映画「ノン・ストップ - ミシェル・ペトルチアーニの旅」 だ。1時間ほどの作品だが、映画でこれほど感動を覚えたのはここ最近なかったことだ。

映画では、ペトルチアーニがフランスからアメリカへ渡る前後の興味深い話が明らかにされるのだが、本人が懇意にしているインタビュアーとの会話がとても自然で生き生きとしていて、映画を観ている者をまったく飽きさせない。ピアノや曲のイメージについての話などは、ペトルチアーニが音楽に全身全霊を傾けて立ち向かっていた様子がうかがいしれる。

初めてペトルチアーニの姿を見た人なら少なからず衝撃を受けるに違いない彼のハンディキャップ。しかし、ユーモアをいっぱいもった彼の明るい性格と向き合えば、幸せな気持ちになれない人などいないはずだ。

何よりも彼の音楽は美しく、そして楽しい。
美しさと悲しさは表裏一体ともいうべき関係で、心を打つ音楽には共通して存在するのだけど、そこに楽しさという要素が加わるとなぜか作品としては軽く扱われるようになる。それはとても残念なことだと思う。

ペトルチアーニの音楽を聴いていて感じる楽しさは、日常にはびこっている現実逃避の軽さとは無縁だ。彼が創り出す音楽は、生活をもっと真剣に楽しんで、もっと真剣に苦しんでいる人々の姿そのものだ。多くの才能あるジャズ・ミュージシャンがなしえなかったことを、ペトルチアーニはやってのけたのだ。

でも、ペトルチアーニに伝説は似合わない。
そもそも、そんな言葉はペトルチアーニ本人がもっとも嫌うにちがいない。

生きていくことは大変で、時に苦しむこともあれば楽しめることもある。
そんな当たり前のことを忘れていたんだなあ。



映画のクライマックス・シーン






Non Stop Travels: Trio Live in Stuttgart

Non Stop Travels: Trio Live in Stuttgart

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: DVD



最後のトリオでの演奏。



ライヴ・アット・ブルーノート東京

ライヴ・アット・ブルーノート東京

  • アーティスト: ミシェル・ペトルチアーニ,アンソニー・ジャクソン,スティーヴ・ガッド
  • 出版社/メーカー: ビデオアーツ・ミュージック
  • 発売日: 1999/10/15
  • メディア: CD



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コメント 24

たいへー

伝説を残したアーティストは、必ず何かと戦ってますね。
だからこそ、その音楽は人を引きつけるのでしょう。
それと比べれば、私の悩みなどちっぽけなものです。
さあ、今日も頑張ろう!!

by たいへー (2008-03-07 07:54) 

kumimin

こんばんは。
「伝説」を残す方たちはやっぱりすごいと思って神格化したようなイメージがあります。でも、こういう何かを作ることの記録映画ってその人の人間としての生活や考え方が伝わりますよね=^-^=
ミシェル・ペトルチアーニさん、ほんとに惜しい方ですね。
by kumimin (2008-03-07 09:20) 

きみどり

一歩、一歩、階段を登っている姿が
とても印象的ですね。
さっそくこの映画探してみます^^
by きみどり (2008-03-07 23:26) 

花火師

PCが言うこときかなくて・・・(泣)
押し逃げですいません。
by 花火師 (2008-03-08 01:41) 

iharaja

重力から解き放たれて、背中に天使の羽のあるがごとく。
天空の伸びやかな演奏は素晴らしかったです。
ピュアな魂が鍵盤に踊っていました。

by iharaja (2008-03-08 07:12) 

椋木萌

YOUTUBEの画像と音に引き込まれてしまいました。
このCD、買ってみようかな。
by 椋木萌 (2008-03-08 11:38) 

ふじのしん

東京ライブのCD、ちょうどピアノに夢中になり始めの頃にCDショップの試聴機で見つけました。
ジャズに興味はなかったんですが、強く、乾いた、しかも柔らさのある不思議なピアノのトーンへの興味(だけ?)で購入。
観客の反応も含めて、音楽の楽しさに溢れた素晴らしいライブですね。

悲しさとか苦悩だけではなく、喜びとか楽しさの中にも、美しさ、深い内容や精神というのはあると思ってます。
by ふじのしん (2008-03-08 12:11) 

みーちょん

ジャズってあまり聴いたことがないのですが、
この音を聞いてうっとりしてしまいました。
じっくり聞いてみたいです。
by みーちょん (2008-03-08 21:44) 

harry

とってもお久しぶりです(^ ^) 遅ればせながら2周年おめでとうございます!
先日、久々にblog拝見してコメントしたつもりだったんですが、なんかうまくいかなかったようで、残せませんでした・・・まっ、そんなたいしたことは書いてないんですが・・・
ペトルチアーニさんて、このblogで初めて知りました。なのにもういないなんて・・・切ないですね。
鯉三さんは音楽を深~く感じるんですね~ 私は雰囲気だけでええ感じやなぁくらいしか思わないので、鯉三さんの音楽に対する思いや考えを読ませていただくと、ははぁ~っと感服いたします
ラー&マメも、ますます仲良くまったりとしてきて、ええ感じですねぇ
ラーさんたちの記事を読んでると、ほのぼのして、自然とにやけてきます。
by harry (2008-03-08 22:48) 

symphony

ジャズはあまりよくわかりませんが、、
心に残るお歌を作られる方ってジャンルを超えて素晴らしい~♪
業務連絡!業務連絡!
ママちゃんブログで「にゃんこジャンボ」
発売中~!急げっ!(≧ω≦。)プププ
by symphony (2008-03-09 20:52) 

びっけ

鯉三さんのこの記事で、初めて彼のことを知りました。
見せていただいた動画・・・言葉がありません。
音楽を生み出せる・・・人間の素晴らしさを感じました。
by びっけ (2008-03-09 21:46) 

Balloon

短命であってもこうして伝説を残す偉大な人って確かに多いですね、
自分など・・・と、反省したりして(汗)
素敵な曲ですね、一度でいいからジャズの生演奏を聴いてみたいです、
その場の空気に酔いしれてみたい^^;~
by Balloon (2008-03-09 21:58) 

蟹道楽

ペトルチアーニの名前はかなり前から知っておりました。
初めて聴いたアルバムがAu Theatre Des Champs-elysees。
正直、ピンと来ないアルバムのように感じました。
その後、しばらく経って鯉三さんの紹介されているTrio in Tokyoを聴いたのです。
スティーブガッドもあまり興味のないドラマーだったので、あまり期待はしていなかったのですが・・・
驚きました!感動しました!
このスウィング感!ほんとうにジャズの楽しさがこのアルバムには詰まっています。
この素晴しいミュージシャンのライブを聴く機会がありながら聴けなかったということがいまだに悔やまれます。
by 蟹道楽 (2008-03-10 01:18) 

鯉三

たいへーさん:
伝説を残したアーティストには心をひかれます。きっと私生活の面では不器用な人が多かったのでしょうが、彼らが残したくれたもののおかげで、わたしたちの人生が豊かなものになることもあるのですから、すごいですよね。

kumiminさん:
神格化されたものの裏側にはきっと誰も知らない苦労や努力があったのでしょうね。この映画ではペトルチアーニが意外な本音をもらしていたりしてとてもおもしろいです。

きみどりさん:
日本語の翻訳がおそらく西洋人によるものだと思います。かなりきびしい日本語訳ですが、雰囲気はよく伝えていると思います。ぜひご覧になってみてください。

花火師さん:
いつも読んでいただいてありがとうございます。

iharajaさん:
とても美しいコメントをありがとうございます。
また余韻がよみがえってきました。

椋木萌さん:
この映画のラスト・シーンは今見ても胸が熱くなります。
CDもおすすめです。ぜひ聴いてみてください。

ふじのしんさん:
>強く、乾いた、しかも柔らさのある不思議なピアノのトーン
とてもよくわかります。それこそがペトルチアーニのピアノの感触だと思います。彼のピアノはむしろジャズをあまり聴かない人の方がとっつきやすいのかもしれません。あとフランス人であることも特別な感じがします。

みーちょんさん:
ペトルチアーニの作曲した曲はジャズというジャンルではないような気がします。メロディがとても繊細でやさしいから、聴きやすいのだと思います。

harryさん:
ありがとうございます。
学生の頃に映画や音楽、美術に深く傾倒しました。今は全然だめですが、頭が柔らかくて多感なあの時期にそれらと出会ったことは自分にとってよかったと思っています。
ラーとマメは今日も仲よく遊んでいました。暖かくなってきたので、これからますますアクティブになると思います。

symphonyさん:
ジャズは少し小難しいイメージがありますが、そうでないものもたくさんあります。
おおっ!また楽しい企画があるのですね。のちほどおじゃまいたします。

びっけさん:
この映画には深く感動しました。涙が出る一歩手前の状態で、ずっと胸が熱くなりっぱなしでした。全編をとおして音楽への愛でいっぱいの作品です。機会がございましたら、ぜひご覧になってください。

Balloonさん:
わたしも伝説なんか残せなくてもいいから、もっと毎日一生懸命に生きなければと反省しました。
ジャズは生演奏が一番です。もしお近くでジャズのライブがあったら一度いらしてみてはいかがですか。

蟹道楽さん:
ペトルチアーニはビル・エバンスやキース・ジャレットとよく比較されることがありますが、それはまったく的外れの比較だと思っています。蟹道楽さんがこれまでペトルチアーニを取り上げていらっしゃらなかったので、きっとあまりお好みではないのかもと想像しておりました。
ペトルチアーニのスウィング感が存分に楽しめるのはブルー・ノート在籍時代と、亡くなる前のこのトリオの時だと思います。個人的にはファースト・アルバムに思い入れが強いです。おっしゃるとおり、ソロ作品はちょっと色合いが違っているように思えます。

学生時代にジャズについていろいろ教えてくれた友人も、スティーブ・ガッドについては否定的でした。どちらかというとフュージョンのドラマーですよね。アンソニー・ジャクソンにしてもAORのアルバムによく参加していたし、かなり異色のトリオであったことは確かです。ところがところが、すごくいい演奏を残していますよね。ペトルチアーニのこの先を観てみたかった(聴いてみたかった)です。それが残念でなりません。
by 鯉三 (2008-03-10 02:22) 

鯉三

まぐわささん、COCOさん、笙野みかげさん、たま母さん、りみこさん、猫家福助(株)さん、nice!をありがとうございます。
by 鯉三 (2008-03-10 02:25) 

tano

youtube拝見しました。
途中、出会ったピエロの目に少し・・感じるものがあった後の、
最後のNYの高層ビルの屋上での演奏が気持ちいい!
はあ・・私まで気持ちが軽やかになりましたー!
このまま鳥になって空も飛べそうだー(笑
いい映像をありがとうございました。

by tano (2008-03-11 18:13) 

鯉三

tanoさん:
あのピエロと横に並んでいる男、どうしてあんなに人相が悪いのでしょうね。わたしも気になっていたのです。
ビルの屋上でピアノを演奏することは、映画の中でインタビュアーが「ラストをこうしたい」と話していたので、“あっ!これだ!”と思いました。素晴らしいエンディングだと思います。
by 鯉三 (2008-03-11 22:00) 

okinawa-fan

今まで知らなかったアーティストでしたが、音が明るい!楽しい!
帽子が飛んだところまでまるで神様のいたずらのような・・・
いいアーティストを紹介していただき、ありがとうございました。
昼間の空の下が似合うピアノなんてステキ。
きっと空の上でもかろやかに弾いていることでしょうね・・・。

by okinawa-fan (2008-03-13 19:04) 

鯉三

okinawa-fanさん:
あのラストの帽子が飛んでしまうシーンはとてもいいですよね。
ジャズの小難しいイメージなんてちっともなくて、ただ楽しく軽やかな気分になれるんですよね。でも、やっぱり音楽は深みがあって、胸が熱くなります。ペトルチアーニは素晴らしいアーティストだと思います。
by 鯉三 (2008-03-13 23:08) 

Manian

最高です。
by Manian (2008-03-14 15:56) 

鯉三

Manianさん:
ご訪問ありがとうございます。
ペトルチアーニは最高です。
ブログ、拝見しました。
とても楽しいので、ちょくちょくおじゃまさせてください。
by 鯉三 (2008-03-15 00:53) 

鯉三

笙野みかげさん:
ソネットのnice!についての考察、とてもおもしろかったです。改めて、「ブログとは何なのか」といろいろ考えさせられました。
by 鯉三 (2008-03-15 22:33) 

seita

ミュージシャンの記録映画は、壮絶なものが多く見応えありますよね。私は最近ポリスの映画をWOWOWで観て疲れました。ドラマー自身が撮影/編集しているので、全編エゴの固まりです。面白かったですけど。
by seita (2008-03-16 22:12) 

鯉三

seitaさん:
WOWOWは映画も音楽も充実しているようですね。ポリスのドキュメンタリーというのは再結成のことを撮ったものなのでしょうか。知りませんでした。スチュワート・コープランドが撮ったのですか??彼はわたしの中ではロック部門のベスト・ドラマーなのですが...興味をもちました。ちょっと調べてみます。
by 鯉三 (2008-03-17 00:53) 

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