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ニューヨークの空気 [音楽]

アメリカを旅したことがありません。南米へ向かう途中にトランジットでロサンゼルスとマイアミに立ち寄ったことがあるだけで、特にいい思い出もありません。それでも昔からニューヨークだけは一度行ってみたくて、街をゆっくり歩きながら、その土地の空気を吸ってみたいと思っています。そう思うのは、やはり音楽の影響が大きいからでしょうか。

ニューヨークを連想させる音楽といえば、ビリー・ジョエルの「New York State of Mind」が有名ですが、この街発信の音楽にはそれ以外にも気になるものがいくつもあります。

最近では、ちょっと変わったこんなバンド。

ふじのしんさんのブログ記事を拝読してから、気になってずっと探していたのですが、昨日ようやく手に入れました。台北101の近くにある誠品書店のCDコーナーで見つけました。

バンド名は、CLAP YOUR HANDS SAY YEAH。なんとも人を食ったような名前です。それよりも驚いたのはその中国語訳です。「拍手叫好樂團」。今さら必要ないかもしれませんが、面白いので訳してみると、“拍手をして「好!」と叫べ!”みたいな感じでしょうか。確かに間違えてはいないのですが、なんだかなあ...台湾ではこういう中国語に直訳されたバンド名をよく見聞きします。

さて、その音楽はなるほど変わっていました。特徴的なのはボーカルの声で、確かにトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンのそれに似ています。なんだかフニャフニャした感じなのですが、決して上手とはいえないバンドの不思議なノリの演奏にぴったりと合っています。そもそも彼らの音楽について技術的側面をとやかく言うことは的外れで、こういうノリを作り出せるニューヨークのアーティストの斬新な発想に触れることが面白いのだと思います。それとアルバムの曲順で思ったことは、勢いよく始まる1曲目に続く、2、3曲目が最も洗練されていて、よかったなと。これは他のアーティストのアルバム作りにも共通していることではないでしょうか。

そして、やはり気になるのはジャケットの絵です。

この絵は一度見たら忘れられません。一見ちょっと、いやかなり奇妙なのですが、眺めているうちにいろんなイマジネーションが沸いてきそうな絵です。ふじのしんさんに教えていただいたサイトを貼り付けておきますので、よろしければどうぞご覧になってみてください。絵の作者は、Dasha Shishkinという人です。

http://www.bbandppinc.com/dasha/

 

日曜日の今日、台北は久しぶりに雨が降っています。

晴耕雨読の「雨読」を実践する日です。

この後はゆっくり読書にふけりたいと思います。

 

<追記>

ちょっと変わったニューヨークの空気といえば、ローリー・アンダーソンを思い出します。高校二年の時に大阪サンケイホールでコンサートを観ましたが、その衝撃は今でも忘れられません。当時発表された彼女のアルバム「ミスター・ハートブレイク」には、作家のウィリアム・バロウズ、ピーター・ガブリエル、エイドリアン・ブリューなどが参加し、このニューヨークの才人への敬意を感じます。音と人の声(言葉)が織り成す不思議な世界はエスニック・サウンドのはしりとも言われ、当時絶賛されました。

 

ミスター・ハートブレイク

ミスター・ハートブレイク

  • アーティスト: ローリー・アンダーソン
  • 出版社/メーカー: ワーナーミュージック・ジャパン
  • 発売日: 1998/11/26
  • メディア: CD

 


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フェリー節 衰えず [音楽]

またしてもフェリー氏の記事を書いている。でも新譜が出たのだから仕方がない。

今回のアルバムはまったく期待していなかった。オリジナルではなくカバー。しかもまたボブ・ディラン。事もあろうにタイトルはDYLANESQUE(ディラン風!)。

なんじゃそら。

ところがこの作品、すごくいい。とてもかっこいい大人のロック・アルバムに仕上がっているのだ。元々カバーには定評のある人だった。だからそんなに驚くことではないのかもしれないけど、思わず「フェリーさん、本気だね?」とつぶやきたくなるほど力強く、そしてよくまとまっている。

ロキシー・ミュージック解散後のフェリーのソロ作品はどれも音が異様に凝っていて、聴くぶんには楽しく、そういう意味では満足できた。きっと他のファンも「次はどこまで行くのか...」と、更なる緻密な音作りに興味をそそられていたにちがいない。だがライブで演奏するとなると、新作の曲はまったく使い物にならなかった。「ベイト・ノワール」ツアーと「マムーナ」ツアーのライブへ足を運んだけど、どちらもステージ後半にロキシー時代のヒット曲が出てきてようやくバンドのノリが出てくるというパターンだった。

でも、今回のは違う。最新のライブ映像を見れば一目瞭然だ。かすれたフェリーのボーカルは精鋭のバックの演奏と絡むと凄みすら感じさせる。また、個性的な3人のギタリストの起用にはさすがセンスのよさがうかがえる。20歳のOliver Thompsonなどはビジュアル的にも異彩を放っていて、ついつい注目してしまう。このライブはぜひ生で観てみたいものだ。

ライブだけじゃなく、アルバムの出来も負けずに素晴らしい。ボブ・ディランは昨年のModern Timesで全世界にその健在ぶりを見せつけたが、英語が解せないわたしにとってディランの曲やその歌声は、夜ちょっと聴こうかなと思えるものではない。もっとも、熱心なディラン・ファンにしてみれば『ディラン風!』などと言って、大きな体をゆらゆらさせながら歌うフェリーの姿など、決して目にしたくないものだろう。しかし、フェリーはあの枯れたディランの曲さえも聴きやすく、なおかつ上質なポップ音楽に変えてしまう。その才能はすごいと思う。

アルバムの最後に、もっともハードな曲・All Along The Watchtowerを持ってきたフェリー氏。ファンとして、心地よいまでに期待を裏切られた瞬間だった。もちろん嬉しい裏切りとして。

ところで、こうやって度々自分の曲をカバーされているディラン本人は、フェリーのことをどう思っているのだろう。ちょっと気になるところではある。

 

<訂正>

ビジュアル的にいけてるオレンジ髪の若きギタリストはOliver Thompsonでした。

ディラネスク

ディラネスク

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
  • 発売日: 2007/03/07
  • メディア: CD

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この人この曲(8)オフコース:哀しいくらい [音楽]

オフコースの歌はめめしい。

自分自身、別にマッチョな男になりたいと思ったことはないし、どちらかというと、そういうものとは反対の道をここまで歩んできたような気がするけれど、それにしてもオフコースの歌だけは、なよなよしすぎていると思う。

 

中学生の時、クラスメートにオフコースのLPを借りた。「さよなら」「Yes No」がヒットして、すでにオフコースはメジャーになっていたけれども、軟弱なオフコースの曲など、自分からすすんでじっくり聴こうと思ったことはなかった。

 

友人から借りたアルバムは『over』。

音楽に興味を持ち始めたわたしに、両親はサンスイのミニコンポを買ってくれた。当時としては最新の機能を兼ね備えたステレオだった。なにより、スピーカーから飛び出してくる音がとてつもなく素晴らしかった。

音が素晴らしいというのは、どんなレコードを聴いても味わえるというものではない。そのことを強く感じたのがこの『over』だった。一曲目のオーケストラによる「心はなれて」の美しさには涙が出た。泣いているところに、いきなり“ジャラーン!”とギターで入ってくる「愛の中へ」は更に感動的だった。

このアルバムには、数年前にテレビのCMで使われて有名になった「言葉にできない」も収録されているのだが、わたしがもっとも好きな曲は「哀しいくらい」という曲だ。

この曲は地味ながらも、小田和正のナイーブな感情がとてもストレートに表現されていると思う。詞はやっぱりめめしいのだが、あまりにもそれが赤裸々なので、思わずそのままずっと聴きいってしまう、そんな曲だ。ギターの“ジョッ、ジョッ、ジョッ”という音もすごくいい。

『over』と出会ったことがきっかけで、洋楽に目覚めていったような気がする。それほど、ひとつひとつの音に魅せられた作品だった。同時に音楽は詞も大切なのだなと思った。アーティストの思いが込められた詞は、言葉の違いを超えて人に訴えかけるものがあるのだろう。いずれにしても、そういうものがいい音楽であることは時代に関係なく同じことなのだ。

 

over(紙)

over(紙)

  • アーティスト: オフコース
  • 出版社/メーカー: 東芝EMI
  • 発売日: 2005/03/24
  • メディア: CD

 


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ブライアン・フェリーを聴く夜 [音楽]

夜に聴きたい音楽というのはたくさんあるものです。

一日の仕事(あるいは勉強)を終えて夜に一人、ちょっとお茶や酒でも飲みながらひと時を過ごしたい時に聴く。音楽の素敵な楽しみ方です。

最近はもっぱらジャズばかりを聴いているのですが、今でも時折聴くと、つい夜の深みにはまり込んでしまう音楽があります。

 

それがブライアン・フェリーの音楽です。

 

ブライアン・フェリーの音楽に初めて触れたのは80年代の高校生の時。彼が率いていたバンド、ロキシー・ミュージックが解散して間もない頃でした。バンド解散後に発表されたソロアルバム『BOYS AND GIRLS』は、85年のライブ・エイドをテレビで見てからLPを買いました。

まず驚いたのは音数の多さです。まさにプロフェッショナルと呼べるミュージシャンと当時の録音技術とを総動員して作られたアルバムであることを知ったのはずいぶん後のことでしたが、その当時ですら、「これは何かが違う!」と思わせるものでした。

その複雑に絡み合う音は決してうるさく厭味に聞こえることなく、とても聴きやすいものでした。そして、ボリュームを上げたスピーカーから流れてくる音楽が空間を包むと、不思議な感触が五感を刺激しました。完璧ともいえる音作り。でも、他の才能あるアーティストはこんな音をわざわざ手間ひまかけて作ろうとはしないでしょう。なんとなく、そう思います。

 

その不思議な感触の音にのっかかってくるのがフェリーのヴォーカルです。声量は乏しいし決してライブ向きの声ではない。また歌がうまいシンガーでもない。それなのに、聴いているうちにすっかり彼の声のマジックにかかってしまって、予期せずして意識の深みにはまっていく。これはもう一種のトリック。そしてその音楽を聴いている間はトリップというほかない。

 

また、ブライアン・フェリーの詞には心惹かれる美しいフレーズがたくさんあります。

例えば、DON'T STOP THE DANCE のこんな一節。

Mama says only stormy weather don't know why there's no sun in the sky.

とても示唆に富んでいます。

 

THE CHOSEN ONE のこのフレーズも好きです。

Swollen river I've been thinking words of passion and of sorrow.

増水した川の様子を、心象風景にするなんて...

 

少し内省的にさせられる音と詩世界。

本来、夜に一人で音楽を聴くというのは孤独なことですよね。

 

「美しい」という言葉をやたらと連発するのはちょっと気が引けるのですが、わたしにとって、これは世の中の本当に美しいものの一つ。誰に押し付けるものでも押し付けられるものでもない。ただ、感じとった者の特権で自信をもって言える美しいものの一つなのです。

 

Boys and Girls

Boys and Girls

  • アーティスト: Bryan Ferry
  • 出版社/メーカー: Virgin
  • 発売日: 2000/03/28
  • メディア: CD
今回、この記事を書こうと思ったのは、またしても蟹道楽さんの記事を拝読したことがきっかけです。わたしも当時、このアルバムはLPが擦り切れるほど聴いたものです。今は時折り、買いなおしたCDをじっくり聴きなおしています。
 
For Your Pleasure

For Your Pleasure

  • アーティスト: Roxy Music
  • 出版社/メーカー: Virgin
  • 発売日: 2000/03/14
  • メディア: CD
ロキシー・ミュージック二作目のアルバム。Bryan FerryとBrian Eno という、この後全く別方向を歩んだ二人のブライアンが在籍した最後の作品。ロキシー・ファンにとっても思い入れのある名曲が数曲収録されていて、完成度も評価も極めて高いアルバムです。

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アルバムは一つの作品 [音楽]

わたしの職場にはいつも、台北発信の英語のFM放送が流れています。

職場で先輩にあたるカナダ人のNigelが、自分のCDラジカセを持ち込み、ラジオを控えめな音量で流しているのです。

中国語も堪能な外国人DJが選曲するのは80年代ポップスが多く、世代が同じかな?と思うこともしばしば。懐かしい曲が流れると、Nigelの隣に席をおくわたしは、すっと手を伸ばしてラジカセの音量を上げます。端正な顔立ちのNigelがちょっと表情を緩ませるのを横目で確認して、わたしは何もなかったかのように、自分の仕事へ戻っていきます。

そんな穏やかな職場の音環境に心地よさを感じていたのですが、最近少し変化が出てきました。Nigelが席を外している時に、時々台湾人の同僚が自分でダウンロードしたお気に入りの音楽を流すのです。

音楽の趣味の違いもあるのでしょうが、わたしは途端に落ち着かない気持ちになります。ジャンルも年代もまったくお構いなしに編集されたCD。それもやたらと力の入った熱唱やリズムの激しいヒット曲が多く、サラッと聞き流せないのです。

どうにも我慢ならない時は、「もうちょっと音量を下げて」と言います。台湾の人は不思議とこういうやりとりに後腐れがないので、それっきりで済むのですが、だからなのか、日を置いてこういうやりとりが何度となく繰り返されます。さすがは「他人は他人。自分は自分」の台湾社会。音に関してもまったく無頓着で、当然のこと日本人的な「その音楽はあまり聞きたくないんだよ」という言外の意味など読み取ってはくれません。

わたしが気に入らないのは、自分で編集した音楽を、こういう他人がいる場所で流すということだけではありません。その編集されたCDそのものが好きではないのです。

洋楽を中心に音楽を聴くようになった高校生の頃はLPが主流でした。当時は学生でしたから、高価なLPは簡単に買えるものではなく、貸しレコード屋で借りてテープに録音していました。LPジャケットはそれ自体が一つの絵のようなもので、運良く手にできたLPをよく部屋の中央に立てかけて飾ったものです。

またジャケットだけでなく、LPアルバムの中身の音楽はアーティストにとって正真正銘の作品なのです。作品を発表した当時のバンドのメンバーや参加ミュージシャンの名前は永遠にそこに記録されます。A面・B面という分け方、曲順にすら思いが込められていたに違いありません。聴き手にとってもそこが重要な関心ごとだったはずです。

時代はCDに変わって、一枚の絵として飾るには寂しいサイズになってしまったアルバム。A面・B面などはもはや存在しなくなりました。それでも作品としての性格は変わらないし、世界に一つだけのアルバムは厳然とそこに存在するのです。それを聴き手にとっての便利さという名の下に、オムニバス盤と称してアーティストも曲も時代もごっちゃまぜにしてCDを作ってしまうということにとても抵抗を覚えます。

個人で家で楽しむのは構わないし、好きな人に「自分」をわかってほしくてそんなCDを作ってしまうのも致し方ないでしょう(過去の自分の弁護ですが)。

先日蟹道楽さんの記事を拝読して、「わたしの言いたいことをすべておっしゃってくれた」という思いが強かったのですが、自分なりにも今流行のオムニバス盤とアーティストの同意なしに作られるベスト盤のCDに疑問を呈してみました。

全速力で音楽という青春を突っ走ったアーティストたち。でも、彼らが残してくれた作品に、これからもずっと心を揺さぶられ続けるにちがいない。

 

Sticky Fingers

Sticky Fingers

  • アーティスト: The Rolling Stones
  • 出版社/メーカー: Virgin
  • 発売日: 1994/07/26
  • メディア: CD

 

「重ねて並べるとLPの袋が破ける」と、レコード屋を泣かせたファスナー付きのアルバム。ストーンズのライブでは必ず演奏されるBrown Sugar とスローなバラードがちょっぴり切ないWild Horses は何度聴いたかわからない。

 

Saxophone Colossus

Saxophone Colossus

  • アーティスト: Sonny Rollins
  • 出版社/メーカー: Prestige/OJC
  • 発売日: 2006/03/21
  • メディア: CD

 

ジャズ入門にうってつけとよく言われる名盤中の名盤。ジャケ買いしても惜しくない素晴らしいデザインのアルバム。マックス・ローチの小気味いいドラムで始まるSt. Thomas は「これぞ、ジャズのノリ!」を思わせ、聴くたびに楽しくなる。


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この人この曲(7)THE POLICE:WRAPPED AROUND YOUR FINGER [音楽]

STINGはロック界のスーパースターとして、常に時代を先取る音楽を世に問い続ける偉大なミュージシャンですが、そのSTINGという愛称は英語で言うと「(蜂が)刺す → 蜂」といった意味になるそうです。学生時代にミツバチを連想させる色柄のセーターを好んで着ていたことから付けられたニックネームだとか。

 

音楽的才能はもちろん、容姿もものすごく恵まれているSTING。

そんなSTING、若かりし頃はどちらかというと不器用だったようで、多感な青春期は持て余し気味の才能をちゅうぶらりんにしたまま、結構悶々としていたのではないのかな、と思わせるのがポリス時代の曲の数々です。

その中からあえて一つを取り上げるのはとても難しかったのですが、やはりポリス最後の名盤『シンクロニシティ』から一曲・WRAPPED AROUND YOUR FINGERを。

古典文学や神話の言葉を織り交ぜながら、自分が思う通りにコントロールできない恋愛の葛藤を詩にしています。曲はとてもメランコリックで、MTV全盛時代に発表された当時としては洗練されたビデオクリップの映像ととても合っていました。

STINGの詞は暗い内省的なものが多いです。しかし、その暗さが奇跡的に美しさへと昇華しているところに、芸術の本質を垣間見る思いがします。

Synchronicity

Synchronicity

  • アーティスト: The Police
  • 出版社/メーカー: Universal
  • 発売日: 1990/10/25
  • メディア: CD

 


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この人この曲(6)Toots Thielemans:Bluesette [音楽]

大阪でサラリーマンをしていた頃、久しぶりに会った友人と酒場をはしごしているうちに最終電車に乗りそこねたことがありました。友人は運よく電車に飛び乗ることができたのですが、わたしが乗るべき列車はすでに行ってしまった後でした。次の日が休みだったので、無理してタクシーは利用せず、日本橋にある国名小劇というとても小さい映画館で、始発の電車が動く時間まで一夜を明かしました。

この映画館、今もあるのかどうかわかりません。いわゆるミニ・シアターであり、日本ではマイナーなヨーロッパの映画を中心に上映する映画館でした。入替制ではなかったことが幸いでした。

残念ながら、その時三回も繰り返し観た映画なのに、タイトルもストーリーも覚えていません。多少酔っていたせいもあるのでしょうが、これほど記憶に残らなかった映画もまれです。

ただ、休憩時間に繰り返し流れていた音楽だけは忘れることができません。それはとても珍しい、ハーモニカによるジャズの演奏でした。12月の冷たい風が時折出口から吹き込んでくる待合室で、そのハーモニカの音色は切なく心に響きました。

 

それが、TOOTS THIELEMANSのハーモニカでした。

 

トゥーツのライブは二度観ました。大阪ブルー・ノートと台北の中正祈念堂でのライブです。どちらもすでに円熟期を通り越した、ご老体での演奏でしたが、実に味わい深いステージで、会場はやわらかくて温かい空気に包まれました。

ハーモニカは人の声に最も近い楽器だと言われます。実際彼のハーモニカの音色は人間の声に負けないくらい歌心に満ちています。CDで何度も聴いている曲でも、じーんとさせられる演奏がいくつかあります。ライブでもおなじみのDAYS OF WINE AND ROSESやビリー・ジョエルとの共演曲・LEAVE A TENDER MOMENT ALONE、パット・メセニーのALWAYS AND FOREVERでのサビでのハーモニカのソロなど、その他にもいくらでも挙げることができます。

Bluesetteはトゥーツのオリジナル・ヒット曲ですが、ハーモニカは登場しません。代わりに彼の素敵な口笛とギターを聴くことができます。この口笛は本当にすごくて、彼のハーモニカの演奏ととてもよく似ています。

わたしが観たライブでも最後にこの曲を取り上げていましたが、口笛はさすがにもう無理のようでした(現在84歳なのです)。ギターの演奏もミスが多くて名演とはいきませんでしたが、持ち前の茶目っ気でごまかすところがこの人らしく、観ていてとても楽しかったです。

 

これからの寒い季節、少し早く家へ帰って部屋を暖かくしながら、トゥーツのハーモニカに耳を傾けてみるのはいかがでしょうか。

In Tokyo

In Tokyo

  • アーティスト: Toots Thielemans
  • 出版社/メーカー: Denon
  • 発売日: 1994/06/28
  • メディア: CD

これはお気に入りのライブ・アルバム。Amazonで視聴できます。


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この人この曲(5)Helen Merrill with Clifford Brown:Don't Explain [音楽]

学生時代、思いを寄せていた女性がプレゼントしてくれたのは、一枚のジャズのレコードでした。80年代の流行に敏感に反応していた当時、ジャズなどという音楽は、自分の生活にはまったく無縁のものでした。彼女がジャズのレコードを...その時は戸惑いが先立ったものです。

「ジャズが好きな人には、こだわりがある」

彼女の解説、そこに込めた思い入れは間違いなく本物でした。わたしは彼女の話を聞きながら、何かわからないまま、これはすごいものなのだと暗示をかけられ、プレイヤーのターンテーブルを回したものです。

ヘレン・メリルの声はとてもハスキーで、一般的なイメージで言われる女性ヴォーカリストの澄んだ歌声ではありませんでした。でも、「ニューヨークの溜息」と称されたこの歌声は紛れもない、ヘレン・メリルその人の人生の奥底から立ち上ってくる声でした。そこに寄り添い、しっかり彼女を支えるクリフォード・ブラウンのトランペット。ヘレン以上に歌いたかったにちがいない、ブラウニー(クリフォード・ブラウンの愛称)の素晴らしい演奏。

このアルバムの一曲目は、あのビリー・ホリデイの作曲によるものです。ビリー・ホリデイが晩年、この自曲を歌う姿、声はとても痛々しく、見ていて聴いていて本当につらいものでした。

しかし、ヘレン・メリルはまったく違う唱法で、この難しい曲に果敢にアプローチしています。しっとりと歌い上げ、そしてブラウニーとまるで恋をしているような濃密さで、ストレートなやり取りをしているのです。

 

ジャケットも、奇跡的に素晴らしい。

一度は部屋に飾ってみたい一枚です。

 

ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン(紙ジャケット仕様)

ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト: ヘレン・メリル, クリフォード・ブラウン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
  • 発売日: 2004/02/21
  • メディア: CD

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この人この曲(4)Michel Petrucciani:Days Of Wine And Roses [音楽]

DAYS OF WINE AND ROSES(酒とバラの日々)は、ジャック・レモン主演の映画の同名主題曲ですが、ジャズのスタンダードとしてもお馴染みです。この曲の名演は数多くあります。ハーモニカのTOOTS THIELMANSやピアノのOSCAR PETERSON などは繰り返し演奏しています。

映画は、夫婦がアルコール中毒に陥っていくストーリーで、とても悲しい作品でしたが、この主題曲はそういう悲しさも、そして楽しかった日々を懐かしく振り返る切なさも見事に表現していて、素晴らしいです。

数あるミュージシャンの数ある演奏からあえて選びたいのが、MICHEL PETRUCCIANIのデビュー・アルバムに収録されている演奏です。ペトルチアーニの演奏をこの目で観てこの耳で聴いた記憶をずっと残したいためです。彼はもうこの世にいません。7年前、わずか37歳の若さでこの世を去ったペトルチアーニ。重い障害と闘いながらも、底抜けの明るさとユーモアを兼ね備えていた彼は、人生の悲しさ、素晴らしさを音楽に託してくれたのです。

サッカーW杯で、フランスがジダンの復活で決勝戦まで進んでいく様子を見ながら、ペトルチアーニのことを思い出しました。まさに、フランスの至宝。そしてわたしの中では永遠のアイドルでもあり、人生のよき理解者でもあるのです。

*ブログ・タイトルはこの曲名からとっています。

 

Michel Petrucciani

Michel Petrucciani

  • アーティスト: Michel Petrucciani
  • 出版社/メーカー: Sunnyside
  • 発売日: 2003/08/26
  • メディア: CD
 
酒とバラの日々

酒とバラの日々

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • 発売日: 2006/06/02
  • メディア: DVD


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この人この曲(3)Ella Fitzgerald:Bewitched,Bothered,And Bewildered [音楽]

NO MUSIC, NO LIFEを高らかに謳いあげておきながら、W杯期間中は音楽を聴くことが減っています。例のごとく、ドイツーイタリア戦を前に夜更かし態勢の中、ふと聴きたくなった、しっとりした歌声。

 

エラ・フィッツジェラルドといえば、なんといってもスキャットです。人間の声が一つの楽器にもなりうることを証明した稀代のジャズ・シンガー。でも、スピーディさとリズム感のよさだけが彼女の魅力ではありません。こういう歌心で勝負する曲でも彼女は立派に歌い上げるのです。

もちろん、このジャズ・スタンダードの名曲を、もっと深くしっとり歌い上げるシンガーはたくさんいることでしょう。それでもなお、スリリングに展開し白熱したステージの中で、思いを込めて静かに歌い上げたエラは本当に素晴らしいと思うのです。これこそ、芸術なのだと。

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス+9

エラ・アット・ジ・オペラ・ハウス+9

  • アーティスト: エラ・フィッツジェラルド, オスカー・ピーターソン, ハーブ・エリス, レイ・ブラウン, ジョー・ジョーンズ, コニー・ケイ, ロイ・エルドリッジ, J.J.ジョンソン, ソニー・スティット, レスター・ヤング
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
  • 発売日: 2003/04/23
  • メディア: CD

さあ、こじつけの時間ですが...

 

サッカーW杯もこうあってほしいものです。

イタリア、フランス、そしてポルトガル...美しいサッカーを見せてくれ!!

 


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